第361回  タイッツー - その1

〜 和名ブラザーズの往復書簡 〜

 当HPでは、その年の最後のログには「富戸十大ニュース」と言う特集を毎年掲載しています。これは、その1年間に僕が富戸の海で見た様々な出来事をランキング形式でまとめたものです。ところが、10年以上に上るこの歴史の中で、富戸の海を舞台としていない例がたった一つだけあります。それが、

  「屋久島でセダカスズメダイの産卵に貼り付く

であります。

 セダカスズメダイの卵保護は、富戸における僕のライフワークともなりつつあるテーマなのですが、肝心の産卵は一般に早朝に行われる為に、その現場を直接見た事は一度もありませんでした。そこで、溜まりに溜まった「はてな?」を一挙に晴らすべく、舞台を屋久島に移して夜明け前からのダイビングに挑んだのでした。そして、ほんのりと明るくなりつつある未明の海で見たセダカスズメの産卵はそれはそれは面白く、

  「へぇ〜、そうっだのかぁ〜」

の連続でした。


産卵・放精中のセダカスズメダイ・ペア

 その結果、屋久島の海での観察でありながら、2008年「富戸十大ニュース」で堂々の第一位を獲得しました。

 セダカスズメの観察の舞台として屋久島を選んだのは、当地のダイビングショップ「森と海」のガイドであるしげる君ならば、

  「セダカスズメなどと言う地味な魚を夜明け前から見たい」

と言う僕の気持ちを理解してくれ、しかも、一緒に面白がって呉れるだろうと考えての事でした。珍しい種や綺麗で可愛い魚を指差して貰うだけではなく、ガイドさんと一緒に考えて楽しむダイビングがしたいんですよね。

 当日、セダカ・オスの産卵床に何匹ものメスが飛び込んで来る度に、

  「オオ〜ッ」

と言うしげる君の叫び声が水中でも良く聞こえ、興奮状態の僕の脳みそが更に熱くなって行ったのをよく覚えています。

 さて、そんなしげる君と、魚の標準和名を巡る議論が当HPの掲示板上で始まりました。きっかけは、今上天皇の名

  Akihito

を学名に有するハゼの存在でした。


インコハゼ属の1種 Exyrias akihito

これは、海外に生息するハゼに外国人学者が命名したものなのですが、それについて、

「もしこのハゼが何らかの経路を通じて日本の海に持ち込まれ、それが強い繁殖力で在来種を駆逐し始めたらどうするのでしょう。

   『Akihito を特定外来生物に指定せよ』
   『Akihito を駆除せよ』

とは言い難いんじゃないでしょうか」

と言う受け狙いの僕の発言から話が広がりました。僕は、

「標準和名は、その魚の外観や大きさ、生態、生息環境に基づいて命名すべきで、人名や地名などその魚と直接関係の無い名前は避けるべきである」

と言う考え、しげる君は、

「外観に基づく命名は却って混乱を招くので避けるべきである。その魚と直接関係の無い人名や地名の方がまだ望ましい」

とする立場です。掲示板上で繰り広げられているその議論は、地味かもしれないけれどかなり充実しているのではないかと僕は思っています。でも、それを掲示板上の発言のみに押し込めておくのは非常に勿体無いので、改めて正式の記事として読み易く採録する事にしました。そして、しげる君にお願いして、『富戸の波』開始以来初めての他サイトとの共同企画としました。しげる君のサイトharazaki.net と当ページで同じ内容の往復書簡が同時平行で進行します。

 まずこれまでの書き込みを順を追ってご覧頂き、それ以降の発言は当ページ上で継続掲載します。言わば、

  「和名ブラザーズによる往復書簡」

であります。「140文字以内で情報交換」しようとする流行の ツイッター とは正反対の「140行でも書き切れない議論」、言わば「タイッツー」の記録をどうか堪能下さい。

(掲示板上で harazakii さんとなっていた名は「しげる君」へ、僕の名は「ねよし」として再録しました)

(標準和名に関する僕自身の考えは 「和名テロはあったのか」 と言う連載記事にまとめてあるのでご一読頂ければ幸いです)

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  ねよし より

 2010/03/21

「剛(つよし)」と言う名なのに妙に軟弱な奴もいれば、「ひかり」と言う名にもかかわらず根暗な女の子もいます。生まれた時にはご両親は様々な事に思いを巡らせて名付けたに違いないのですが、なかなか願い通りには行かないものです。

同じ事は標準和名や学名にも言える様に思います。地名や人名を付けて、その魚自身以外の意味を帯びてしまうと思わぬ展開を迎える事もありえるでしょう。

「標準和名倫理委員憲章」でも、その様に謳っています。(あっ、ちなみに当委員会の事務所は我が家にあるので、不明な点は何なりとお問い合わせ下さい)

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 しげる より

2010/03/22

 >  同じ事は標準和名や学名にも言える様に思います。地名や人名を付
 >  けて、その魚自身以外の意味を帯びてしまうと思わぬ展開を迎える事
 > もありえるでしょう。

う〜ん。。。それを言ってしまうと、どんな和名をつけても「その魚自身以外の意味を帯びてしまう」のではないでしょうか?
そうなると和名は無い方がいいという結論になりそうな。。。(笑)

特に地名や人名よりも、その魚の特徴を和名に充ててしまうのが一番危ない、一番混乱すると僕は常々思っています。
無難なところで、その魚自身とはまったく関係のない言葉、例えば人名や地名がむしろ一番安全なのではないでしょうか?

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 ねよし より

2010/03/23

和名の問題は、僕なりにこだわっている事なので、真面目に述べさせて頂きます。

 >> どんな和名をつけても「その魚自身以外の意味を帯びてしまう」のでは
 >> ないでしょうか?

そうでしょうか。僕が標準和名の傑作と考えるのは「ネジリンボウ」です。


ネジリンボウ

 短い名前でありながら愉快で日本語の軽(かろ)みに溢れています。初心者のダイバーでも、実際のネジリンボウを見てこの名前を教えて貰ったら二度と忘れる事はないでしょう。また、その名前を聞いたら直ぐにあのネジネジ模様を思い出すのではないでしょうか。それらは、全て、「その魚自身の模様」と言う意味だけを短く楽しい言葉で切り取ったからです。

 仮に、ネジリンボウが富戸に沢山生息している名物種であり、そこで採取された個体にちなんで「フトハゼ」と命名されていたとしたら、ここまでこの名は定着していなかったでしょう。また、その名前を聞いても初心者の方は直ぐには思い出せないのではないでしょうか。

更に、100年後だってネジリンボウは「ネジリンボウ」の名そのままの体でしょうが、その頃には環境が変わってもはや富戸には生息しておらず富戸名物ではなくなっているかも知れません。「フトハゼ」と名付けていたら、

  「なんでこんな名前なんだ?」

とその頃の人は訝しく思っているでしょう。標準和名にも時代に耐える安定性があった方がよいと思うので、やはり魚自身の意味だけを負った「ネジリンボウ」が一番と考える次第です。

 さて、ネジリンボウ属はその後、近似種の記載により「ヒレナガネジリンボウ」、「キツネメネジリンボウ」と仲間を増やしました。


ヒレナガネジリンボウ

 どちらも「外見」と言うその魚自身の意味によっており、僕は妥当な命名だと思います。但し、ただの「ネジリンボウ」よりも長い名前になってしまったのが難点です。もし、ヒレナガネジリンボウも2種の近似種に分れるとすると、例えば

 アカヒレナガネジリンボウ
 クロヒレナガネジリンボウ

と更に長くなってしまいます。しかし、これは二次的な問題です。

 >> 特に地名や人名よりも、その魚の特徴を和名に充ててしまうのが一番
 >> 危ない

 >> その魚自身とはまったく関係のない言葉、例えば人名や地名がむしろ
 >> 一番安全なのではないでしょうか?

「危ない」「安全」と言う意味がよく分らないのですが、何だか標準和名の「記号化」或いは「数値化」を推奨していると言う風にも聞こえます。学名ならば「記号」や「数値」でよいのです。つまらないけれども必要悪として僕も理解できます。でも魚の標準和名は、「日本語」の「名前」なのです。携帯電話の型番とは全く違うのです。日本語の美しさ、楽しさや面白さ、そして長い歴史を反映したものであって欲しいと願う次第です。

ちなみに、「ネジリンボウ」を素晴らしい和名と僕が高く賞賛する背景にはこんな事もあります。

聴覚障害のダイバーの方を海に案内しようと、手話の出来るガイドさんがブリーフィングをなさっているのを富戸で拝見した事があります。その時は、砂地のあちこちにネジリンボウが現れている季節でした。そこで、そのガイドさんは手ぬぐいを絞る仕草をして

 「ネジリンボウ」

と説明なさっていました。

動画: 私の名前はネジリンボウです (Windows Media ; 5.5MB)

 「なるほどなぁ〜!」

と僕は感心してしまいました。そんな手話が正式にある筈はないのですが、何と分かり易いのでしょう。健聴者の我々だって二度と忘れません。これが「フトハゼ」であったら、とっても面倒な手話になっていた事でしょう。

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第362回 「タイッツー - その2」 へ続く

2010/04/06 記

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