第356回  血と骨 - 15 ヘモシアニンの円柱

第355回 「血と骨 - 14 銅のまやかし」 より続く

 イカの血の青さの源であるヘモシアニンと脊椎動物の赤い血のヘモグロビンは共に金属を含むタンパク質でありながら次の様な違いがありました。

ヘモグロビン ヘモシアニン
構造 タンパク質 + 金属
+ 色素(ポルフィリン)
タンパク質 + 金属
金属
分子量 64,500 2,500,000 以上

 ヘモシアニンは、銅を抱えた巨大な分子である事が大きな特徴です。そこで、まずこの銅付近の構造をヘモグロビンの場合と比べてみましょう。


ヘモグロビン

 これまで繰り返しご紹介して来た通り、ヘモグロビン中の鉄イオンは4ヶ所をポルフィリン中の窒素(N)に、1ヶ所をグロビンタンパク質中のヒスチジンに、そして最後の1ヶ所を酸素分子に囲まれ、この状態で肺から酸素を運搬していました。では、ヘモシアニン中の銅はどの様な構造をしているのでしょう。

 ヘモグロビンでは1つのタンパク質分子中には鉄イオンが1つしか無かったのに対し、ヘモシアニンでは銅イオンが2つある事が大きな特徴です。その2つの銅イオンはやはりタンパク質中のヒスチジン窒素(N)によって3方から押さえられています(上図A)。そして、イカの場合にはこれがエラに遣って来ると酸素分子を2つの銅イオンで挟み込む様にして掬い上げるのです(上図B)。

 ここで(A)から(B)へと銅付近の化学的環境が変化する事により銅のエネルギーの階段の段差が変化します。

 それによって吸収する光のエネルギー(波長)が変化するのです。そこで、(B)の状態、即ち、ヘモシアニンの銅が酸素分子を挟み込んだ状態でどんな光を吸収するのかを見てみましょう。


アオリイカの血(酸素吸収状態)

 上は、酸素を吸収した状態の、アオリイカの血の光特性です。凡そ600 nm (ナノ・メートル 1mmの百万分の1)付近の波長の光が吸収されている事がよく分ります。

 波長600nm とはつまり、オレンジ色の光です。ある特定の色の光が吸収されると、人間の眼にはその補色(つまり上のカラーサークルで向かい側にある色)が見える事を以前ご紹介しました。だから、オレンジ色が吸収されると言う事はその補色、つまり青色が人間の眼には見えるのです。

 これこそが「イカの青い血」の正体でした。そして、一旦捕らえた酸素をヘモシアニンが放出すると、600nm 付近でのピークがなくなってしまいます。つまり、特別な色の吸収が無くなってしまうので、見た目には無色になります。本シリーズの第2回で、定置網から水揚げされたばかりの新鮮なイカを買って来てもイカの青い血など決して見る事が出来ないのをご紹介しました。あれは、定置網で掬い上げられて船倉に放り込まれている内にイカが血中の酸素をドンドン消費してしまった為にヘモシアニンが無酸素状態になった結果と考えられます。

 ところがその一方で、知人から頂いた冷凍イカは体の中に青い血を残していました。あれはどう言う訳だったのでしょうか。実は、あのイカは特別な漁船で加工されたものだったのです。あのイカは、釣り上げられると同時に船上の冷凍機で直ちに-40℃に冷凍されてしまったのです。だから、イカが暴れて血中の酸素を消費し尽くす前に固められてしまったのでしょう。

 さて、では最後に、ヘモシアニンのタンパク質の高次構造をヘモグロビンと比較してみましょう。

 ヘモグロビンはそれぞれの分子がばらばらで酸素を運搬しているのではなく、正四面対の頂点に位置する様に4つのユニットが1チームとなって機能していました。この構造を取る事により、

  ・ 酸素の豊富な肺では効率よく酸素を吸収し
  ・ 酸素を求める筋肉などでは効率よく酸素を放出する

と言う仕事を共同作業で成し遂げる事ができたのでした。では、ヘモシアニンも同様に幾つかが集まってチームを作っているのでしょうか。

 下に示したのは、イカと同じ軟体動物であるアワビの仲間のヘモシアニン構造です。

 この図では分り難いのですが、軟体動物のヘモシアニンは普通10個1チームで中空の円柱構造を形作っているのです。これをもう少し分かり易く模式的に描いたのが下図です。

 ところが、種類によってはこの10量体が手を結んで更に巨大なチームを形作る場合もあるそうですから、ヘモシアニンの研究が困難を極めると言うのも分る気がします。いずれにしても、ヘモシアニンのこのチーム形成は、やはり酸素の吸収と放出の効率の向上に寄与しているのだそうです。

* * * *

 以上で見て来た様に、ヘモグロビンとヘモシアニンではそれぞれを形作る材料や構造には大きな相違があっても、その機能には類似点が数多く見られるのでした。何億年にも亘る生物の歴史の中で偶然と必然が織り成した進化の不思議の結果なのでしょうね。

 さあ、1年以上の長きに亘って連載を続けて来ました「血と骨」シリーズもこれでおしまいです。

  「イカの血が青いって本当なのか?」

の疑問から始まって長い長い旅になってしまいました。自分の理解力を超えた難しくややこしい話を何とか咀嚼して分り易い様に書いて来たつもりですが、ここまでどれだけの方が読んで下さったでしょうか。途中何度かめげそうになりましたが、何とか最終回まで辿り着きました。お付き合い、どうも有難うございました。


参照:

2010/02/14 記

HP表紙へ > こぼれ話・最新へ > こぼれ話・ 351〜400へ > 本ページ