第355回  血と骨 - 14 銅のまやかし

第354回 「血と骨 - 13 ヘモグロビンの資本主義」 より続く

 さて、いつ果てるとも無く続く「イカの青い血」のお話。人間の赤い血に関する長過ぎるイントロが漸く終わって、愈々今回からイカの謎に突入です。

 と言う所で、早速謝ってしまいますが、

  「申し訳ありません。イカの話はあっさりと終わってしまいます」

やたらとややこしく長いイントロを経た末に心苦しいのですが、イカの血についてはそれ程詳しいお話が出来ません。と言うのも、イカの血については良く分かっていない面が大きいからなのです。それは、人の血液ほど切実な問題でないから研究が進んでいないと言う事もあるのですが、イカの血は人の血・ヘモグロビンよりも遙かに複雑な構造をしているので解析が難しいからなのです。そこで、僕が調べて分った限りの事をここにご紹介します。

 人の血の赤さがヘモグロビンと言う金属を含むタンパク質に由来する様に、イカの血の青さもヘモシアニン(Hemocyanine)と言う金属タンパク質がその正体です。

 ヘモシアニンは、1879年と言うから今から130年も前に、フランス・ブルターニュ地方ロスコフ動物学研究所のM. Fredericq (M. フレデリック)がコウイカの血液から発見した、当時としては未知の物質でした。ヘモシアニンの名もフレデリックが名付けたもので、ギリシャ語の

  Hemo = 血
  Cyan = 青色

を組み合わせた語で、文字通り「青い血」を表しているのです。ヘモシアニンの「ヘモ」はヘモグロビンと同じ「ヘモ」、「シアニン」は青酸カリのシアン化カリウムと同じ「シアン」です。このヘモシアニンは酸素との強い親和性が発見時から知られており、脊椎動物のヘモグロビンと同じ働きをするものであると考えられていました。

 ヘモシアニンによって酸素を運搬するのはイカ・タコ・貝類の軟体動物や、エビ・カニの節足動物などが知られています。但し、同じ節足動物でも昆虫はヘモシアニンを持っていません。

 では、ヘモシアニンとヘモグロビンとは何が違うのでしょうか。まず、基本成分の差から。

  ヘモグロビン = ヘム (イオン+ポルフィリン)+ タンパク質
  ヘモシアニン = イオン+タンパク質

これまで何度もご紹介して来た通り、ヘモグロビンはヘムと呼ばれる化合物とタンパク質が結びついて出来ています。更にそのヘムは、ポルフィリンと言う色素部と鉄イオンで構成されていました。一方、ヘモシアニンにはポルフィリンの様な色素部は無く、金属イオンがタンパク質と直接結びついています。しかもその金属と言うのがヘモシアニンの場合には銅であるのが最も大きな特徴です。また、それぞれのタンパク質部分は全く異なる構造です。

 ウェブ上では、

「ヘモグロビンは鉄イオンに由来する赤、ヘモシアニンはそれが銅イオンなので青」

と言った意味の解説を幾つか見ます。ヘモシアニンの青色が銅イオンに由来すると言うのは間違いないのですが、「銅だから青」と言うのは正しくありません。例えば、鉄だって、

  Fe(III)4[Fe(II)(CN)6]3

の構造を持つ化合物はプルシアンブルーと呼ばれ、青色顔料として古くから知られています。一方、銅でも、

  CuF (フッ化銅)

は赤い結晶です。

 「銅の化合物は青」と言う事を我々の頭に強く印象付けたのは、恐らく小学校の理科の時間に見たCuSO4(硫酸銅)の鮮やかな青色ではないでしょうか。

 ところが、皆さんご存知でしょうか。

 硫酸銅は青くなどなく、上の写真の様な白い粉末なのです。

 それを水に溶かすと鮮やかな青色になるのです。つまり、硫酸銅が青くなるには水の助けが必要なのです。

 金属化合物が発する色のメカニズムは銅でも鉄の場合と同じです。

 鉄の場合には、イオンが正四面対の中央に位置する事が多く、

が、色を決定しました。硫酸銅を水に溶かした時にも同様な構造が出来上がるのです。

 上図が青色の硫酸銅の一部を切り取った所です。2+ の銅イオンが水(H2O) と硫酸イオンに六方から取り囲まれています。この様な構造が出来上がる事により

  1) 金属イオンの化学的環境が決定され、
  2) それによって金属のエネルギーの階段の段差が決まり、
  3) 吸収する光の波長が決まり、
  4) 見える色が決まる

と言うプロセスを辿るのです。ですから、銅化合物であっても化学的環境が異なれば、エネルギー階段の段差が異なり、吸収する光の波長が異なり、見える色も異なると言う事になるのです。
  
 では、ヘモシアニンでは銅イオンが、そしてタンパク質がどの様な構造をしているのでしょうか。


参照:

第356回 「血と骨-第15回 ヘモシアニンの円柱」へ続く

2010/01/19 記

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