第348回  血と骨 - 9 ポルフィリン

第347回 「血と骨 - 8 鉄のジャンプ」 より続く

 さて、イカの青い血を考える前に、人間の赤い血の色の仕組みを辿る旅を続けます。人間の赤い血の主役であるヘモグロビンには鉄が含まれ、それが血の色に大きな働きをしています。そして、

と言うメカニズムで鉄化合物の色は決まっていることを見て来ました。それでは人間の血の中に含まれる鉄は一体何価であり、どんな化合物に取り囲まれているのでしょう。

 では、ヘモグロビンの構造に愈々踏み込んで行きます。

 赤血球中の酸素運搬体であるヘモグロビン(Hemoglobin) は血液1L中に約150gも含まれるタンパク質で、ヘム(Heme)と言う色素部分とグロビン(Globin)と言う蛋白質が結合して出来ています。分子量は凡そ64,500 とされています。例えば、毎晩の酔っ払い製造の元となるエタノールの分子量は46ですから、その1,400倍にも上る巨大分子である事が分ります。そして、鉄はこのヘムに含まれているのです。

  ヘモグロビン = ヘム(Heme) + グロビン(Globin)

 ヘムとグロビンがどの様に繋がっているのかは後ほどご紹介しますが、今は血の赤い色の由来であるヘムを更に見て行きます。ヘムは更に、鉄とポルフィリンと言う2種のパーツに分けられます。

  ヘム = 鉄 + ポルフィリン

つまり、

  ヘモグロビン = (鉄 + ポルフィリン) + グロビン

である訳です。

 さて、ポルフィリンとは、下図の様な構造の環状化合物で、全ての炭素・窒素はこの紙面上に並んでいる平べったい構造をしています。

 このポルフィリンの名前は、昔からヨーロッパで帝王の色とされた古代紫の原料となる貝のギリシャ名「ポルフィラ」に由来し、紫色を表す“Purple”もこれが起源なのだそうです。ただ、皮肉な事に、ポルフィラの色はこのポルフィリン化合物に由るのではない事が1909年になって明らかになったのでした。

 さて、人間のヘモグロビンに含まれるポルフィリンは、実際には上の基本骨格に幾つか炭素や酸素がくっ付いて、プロトポルフィリンと言う形を取っています。

 このプロトポルフィリンの真ん中の穴に2価の鉄(Fe)がポコンとはまって、ヘムが出来上がります。

 ポルフィリンの4つの窒素(N)が鉄を四方から取り囲んでいる構造です。

 この様にポルフィリン骨格と金属が結びついた化合物はヘムだけに固有のものではなく、生物の幾つかの構造の中に顔を出します。その中で最もよく知られているのが植物の光合成に大きな働きを果たしているクロロフィルでしょう。

 クロロフィルの場合にはポルフィリンの回りにくっ付いている構造がヘムとは異なる上、真ん中にはまり込んでいるのがマグネシウム(Mg)であるのが大きな特徴です。これによって、あの植物特有の緑色を作り出しているのです。我々人間の命を支える酸素を運搬するヘモグロビンと植物の命の源であるクロロフィルが同じ様にポルフィリン骨格を持っていると言うのは非常に面白いですね。

 ヘムの話に戻りましょう。前回までご紹介して来た鉄の化合物(例えば下図)とヘムとは大きな違いがあります。

  

 それは、ヘムの場合には鉄を取り囲んでいるポルフィリン自体に色があるという事です。上図の鉄化合物は黄色をしているのですが、2価の鉄を取り囲んでいるシアノ基(CN)自身には色などありません。これが鉄の周りを6方から取り囲む事により初めて適当なエネルギーの階段が出来上がるのです。そうして、青い光を吸収して黄色く見えると言う訳です。

 ところが、ヘムを形作っているプロトポルフィリンは、鉄を含んでいなくともそれ自身が「褐色」或いは「赤色」をしているのだそうです。そして、ヘムの様なポルフィリン・金属化合物においては、その色の源はポルフィリンの寄与が大きいとされているのです。

  「血の色はなぜ赤い」

と言う時には、必ずと言ってよいほどヘモグロビンと鉄がセットで語られる場合が多い様に思います。しかし、何の事はない、鉄はプロトポルフィリンの元々の色に助けて貰ってこそあの色を出せていたと言う訳です。勿論、鉄は無くてはならない部品であり、ポルフィリンの寄与・鉄の寄与が厳密に分けられる訳ではないのですが、

「鉄は今まで、ヘモグロビン家の『赤い主』の様な偉そうな顔してたけど、結構下駄を履かせて貰ってたんだな。ポルフィリンも今までよく黙って鉄を支え続けて来たよな」

ヴィヨンの妻を思わせるポルフィリンの献身ぶりに僕は一人そっと涙するのでした。 (まだまだ続く)


参照:

第349回 「血と骨-10 タンパク質」 へ続く

2009/10/03 記

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