第270回  目黒のヒジキ

 この時間は引き続き「富戸漬け」の進捗状況を報告すべく準備を進めておりましたが、旬のネタが入荷しましたので、急遽予定を変更して季節の話題をお送りします。

 さて、春の富戸は海藻の海でもあります。岩場はアントクメやヒロメと言った大型褐藻類に覆われ、浅場ではホンダワラがすくすく育って波に揺られています。こんな海藻で遊ぼう、いや、早い話が食ってやろうと思っても意外とあれこれ難しい事情に阻まれてしまうのです。春の海藻の一番の味覚と言えば、ワカメではないでしょうか。さっと茹でたメカブのシャキシャキした歯ざわりは心地よいですよね。しかし、以前は富戸の浅場のあちこちで見られ、スナビクニンの住処にもなっていたワカメもこの頃ではあまり見られなくなってしまいました。それだけに、仮に富戸の海でワカメを見つけたとしても、それを引っこ抜いて来るのはちょっと憚られます。

 また、テングサ類から作る寒天類も食卓ではおなじみですが、これは以前既に「ふところてん」としてご紹介しました。

 そんな中で、ヒジキも我々日本人には馴染みのある海藻です。でも、富戸の海では意外と見かけないんですよね。


2006/07/02 富戸・ヨコバマ 水深1m

 海藻の識別には余り自信がないのですが、上の写真がヒジキだと思います。

 富戸のヒジキは他のホンダワラ類に追いやられているらしく、30〜40cm程度の丈しかないように見えました。図鑑に載っているものよりかなり小型です。生育の為の条件がどこか合っていないのでしょうね。ですから、富戸のヒジキを食うというのも磯の環境を守るという観点からもよろしくないでしょう。

 ところで、「ヒジキ」と言うと黒々とした煮物しか僕は見た事がありませんでした。だから、これがヒジキであると海の中で気がつくのにはかなり時間を要しました。でも、他のホンダワラ類には薄っぺらないかにも葉っぱと言うものが生えているのに対し、ヒジキは長粒米のようなぷっくりとした形の葉しかないので注意すれば分るようになります。

 さて、春の磯の風物詩と言えば、これらの海藻の成長と共に「流れ藻」があります。少し北東の風が吹いた日には海岸に沢山の海藻が打ち寄せられます。一体どこから流れて来るのでしょう。もう少し水温が上がるとこの中に隠れている魚を探すのが楽しみになるのですが、今の季節だって春らしい明るい太陽をこの流れ藻越しに見ると何だかすがすがしい気分がします。


水面を覆う流れ藻

 さて、この日、前夜の内に打ち寄せられたらしい流れ藻が水深1m辺りの浅場に溜まっていました。そして、朝一番のダイビングを終えて海を出る前、イエロー隊員が超浅場でしきりとこの海藻を見上げているのです。

  「魚が付くにはまだ季節が早いのでは」

と思っていたのですが、隊員はExit した時に沢山の海藻を抱えて来たのでした。それがこれです。

  「おおっ! ヒジキ!」

そうかそうか、流れ藻の中にヒジキがあったのですね。しかもこれは70〜80cmはありそうなしっかり成長したヒジキです。イエロー隊員はこれをぶら下げてニッコリ。なるほど、流れ藻ならば頂戴しても誰にも後ろ指は指されますまい。

  「むふふ、じゃあ晩御飯のおかずに頂いておくかな」

とうっかり口にしたのですが、大変な事を忘れていました。僕はヒジキが苦手だったのです。いや、正確にはさほど旨い食材とは思えないと言った方がよいでしょう。煮物は醤油の味しかせず、歯応えもグニュグニュと今ひとつハッキリしません。

  「何でこんな物をわざわざ食うの?」

という思いが先に立ってしまうのです。でも、こうなっては後には引けません。富戸の海で取れた新鮮なヒジキならば全然違った味わいがあるのかも知れません。

  「よしっ、それじゃあ春らしく、新鮮なヒジキの夕べとしよう」

と、台所にヒジキを持ち込んだのでした。そこでどう料理したものかと思案するのですが、海藻は取り敢えずは湯通しが必要だろうとお湯を沸かします。その間、まずは生のヒジキを摘んで試食してみました。ガリガリガリ。何だか硬いぞ。ヌルヌルした手触りからプニョプニョした柔らかいものを想像していたのですが、トンでもない。野蛮な硬さです。また、特別は味は感じられませんでした。

 さあ、そうしている内にお湯が沸きました。そこで、まずサッと湯をくぐらせてみます。

  「おおっ」

湯に漬けた瞬間にヒジキは鮮やかな緑色に変身しました。

 海藻は熱変性による色のこの変化が魅力の一つですね。新緑の梢を思わせるこの色を見て急に食欲が湧いて来ました。

「売ってるヒジキは真っ黒になってるけど、あれはきっと取ってから時間が経ちすぎてるんだな。この緑色こそ新鮮なヒジキ本来の色なんだよ」

と納得した気になって長粒米型の葉をまた一つまみして試食してみました。すると、やっぱりガリガリゴリゴリです。まだ硬くてダメ。こりゃあ、かなり長時間茹でる必要がありそうです。と腹を据えてコンロの傍に腰を下ろしました。

 そうして10分を過ぎた頃。

  「あれれれれ」

煮汁ががドンドン茶色になってきました。


加熱10分

 大丈夫なのかな? 何か大切な成分が抜け出しているんじゃないのかな? ちょっと不安になってまたもや一つまみ。すると今度もガリガリゴリゴリでした。

 こうして30分を経過した頃、今度はヒジキ自身の色が変わって来ました。あの鮮やかな緑色が失われて少しずつ茶色くなって来たのです。何だか元の色に戻りつつあるように見えました。


加熱30分

 煮汁は更に濃くなって来ました。葉は少し柔らかくなりましたが、まだまだ硬いようです。

  「こんなに長い時間茹でる事になるとは思わなかったなぁ」

ひょっとしたらヒジキの灰汁の様な物が出ているのかもと考え、ここで1度茹でこぼす事にしました。ヒジキをザルで濾して煮汁を捨て、改めて新たな湯でコトコト。すると、煮汁はまた茶色く色づいて行くのでした。

 こうしてとうとう1時間が経過しました。これ位加熱すると、ヒジキの茎を持ち上げると葉の部分がほろほろと落ちてしまうようになりました。そこで、茎の部分を全て除いてしまったのが下の写真です。


加熱60分

 これくらいになると、葉も漸く柔らかくなって来ました。しっかりとした歯応えは残っているけどガリガリした粗野な硬さは除かれた状態です。

  「よしっ、これ位にしておこう」

と、ここで火を止めてヒジキをザルに空け、よく水洗いしました。そして、これだけだと味に刺激がないと考え、別途水に晒しておいた玉ねぎを刻んで添え、ポン酢を掛けてみました。

 さあ、こうして出来ました。はじめの鮮やかな緑色は失われましたが、見慣れた真っ黒なヒジキとは少し違った仕上がりになりました。

  「では、いただきま〜す」

と箸で摘んで恐る恐る口に運びます。そして、一口。

  「・・・・ん、これはうまい!」

僕がこれまでヒジキの煮物に抱いていた「醤油だけの味」でもないし、「グニュグニュした半端な歯応え」」でもありません。ヒジキ自身の味わいは決して前面に出る事なく、玉ねぎとポン酢によく合っています。そして何より、程よい歯応えが絶妙です。野生の生き物だったんだと言う事が分るようなシャキシャキ感です。

「こんなの食べてしまうと、これからは他のヒジキなんてもう食べられないなぁ」

 事実、この手作りヒジキを何人かの人にも召し上がって頂いたのですが、皆さんに大変好評でした。

  「これまで食べていたヒジキは何だったんだ」

という方も。

 一般に生ヒジキとして売られているものも、「生」とは言いながらも実はヒジキを一旦乾燥させて蒸したものなのだそうです。それに引き換え、今回のものは文字通りの取れ取れの「生」なのです。やはり季節のものはその季節に頂かなくてはね。

 僕が伊東藩主の殿様だったとしたら、見慣れた真っ黒のヒジキを見てこう言うでしょうね。

  「いやいや、ヒジキは富戸に限る」

 ヒジキの旬は3月から5月の間なのだそうです。う〜ん、これから暫くは流れ藻を見る目が変わってしまいそうだなぁ〜。

第296回 「食品偽装」 へ続く

2007/04/10 記

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