第260回  できるかな - その2

できるかな - その1」より続く

  イザリウオに、記録上初めて漢字が当てられた時、それは僕が当初予想した「躄魚」でも「漁り魚」でもなく、「座魚」でした。「座」には「いざり」という読みも意味もありません。それは今から凡そ90年前の1916年、東京大学教授の田中茂穂さんによるものでした。

 「『イザリ』の音に『座』の文字が何故当てられたのだろう」

と言う事は謎のままでした。ところが、意外にも西原理恵子さんの漫画の中に「座る」ことを「いざる」と表現している例を見つけたのです。西原さんは高知の出身です。土佐にはそんな方言があるのでしょうか。

 ・・・・と、ここまで考えた時、僕の頭の中で何かがチリチリとしてそれが瞬く間に大きく膨れて来たのでした。

  「そ、そうかぁ〜! 分かったぞぉ〜!」

  「イザリ」に「座」の漢字を初めて当てた田中茂穂さんは確か土佐の人でした。そこで、慌ててネット上で調べると、(参照: 高知大学理学部自然環境科学科

  「うむ、間違いない!」

 「座る」事を高知の人が「いざる」と言うとするならば、高知育ちの田中さんは、「イザリウオ」という名前を聞いた時、まず「座」の文字が浮かんだのではなかったでしょうか。

 そこで早速、高知の人が「座る(すわる)」事を何と言っているのかを調べました。またまた図書館通いです。すると、まさしくその事を示した日本地図を見つける事が出来ました。


「現代日本語方言大辞典」、平山輝男編、明治書院

  「やっぱり!」

日本中で、高知だけが「座る」事を「いざる」と呼んでいるではないですか。同じ四国でも徳島・香川・愛媛の各県は我々に馴染みの「すわる」なのです。但し、福岡の一部にはそれと関連があると思われる「いどる」という言葉が生きているようです。

 また、高知の「いざる」はある程度歴史のある言葉だったらしく、江戸時代中期 (1775) に越谷吾山という人が著した「物類称呼」という当時の方言辞書にも、

  「居(すは)るといふ事を ・・・ 土佐にて、いざると云」

との記述があるそうです。更に、「いざる」は現代にも生きている言葉らしく、ネット上で検索すると、高知には「座屋(いざりや)」という居酒屋まであるではないですか。これはもう、間違いありません。田中茂穂さんは高知弁の「座る = イザル」から「イザリウオ」に「座魚」の漢字を当てたに違いありません。

 ところが、田中さんの「座魚」の漢字表記は生き残ることなく、結局「躄魚」の表記に取って代わられる事になります。その「躄魚」の文字を初めて用いたのが、現在分かっている限りでは宇井縫蔵と言う人で、1924年の事でした。その著書で宇井さんは「躄魚」と「座魚」の2種の文字を当てているのです(イザリウオの釣竿 - その5 参照)。その宇井さんと言うのは和歌山の人です。そこで、上の地図で和歌山県で「座る」を何と言うかを調べると、やはり「すわる」であります。

 恐らく、宇井さんは「イザリ = 座り」という繋がりを少し奇異に思い、ご自身にとってより自然に感じられる「躄」の文字を当てたのではなかったのでしょうか。

  「う〜ん、何だかスッキリしたぞぉ〜」

長い長いイザリウオの旅が今度こそ終わりを告げた気がしたのでありました。(おわり: 図書館に通うのに飽きて来たので、もう新たな疑問が湧きませんように・・)


参照:

2007/01/15 記

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