第176回 夏炉冬扇 - その1

 夏の暖炉、冬の扇の如く季節外れで何の役にも立たないことを「夏炉冬扇」とか申します。スコットランドの格言で言う、

 “Dry suit for summer, wet suit for winter”

みたいなものです(嘘、嘘、嘘ですよ〜、そんな格言はありませんよ〜)。これから蒸し暑い季節を迎える今の季節には正しくそんな夏炉冬扇なお話で今回はご機嫌を伺います(と、落語風に入る)。

 今年の2月中ごろの事。いつもの様に朝イチのダイビングを終えて、温泉丸で震えながら体を温めタラバブルー隊員と四方山話をしていました。

 「う〜、今年は冬の水温が比較的高いとはいえ、やっぱり寒いなぁ。
  ドライスーツの人なら体は濡れないし、ホカロンなんかを忍ばせて
  おけば多少暖かさを確保出来るんだろうけどなぁ。ウェットスーツ
  では携帯カイロという訳にも行かないしなぁ」

なんてぼやいていたところ、

 「いや、確か、ダイバー用のカイロって言うのを聞いたことがある
  なぁ」

とブルー隊員が言い出したのです。

 「えっ? そんなのあるの? 水に濡れるんだよ。水圧もかかるん
  だよ」
 「いや、確かあったぞ」

と、のちほどその詳細を知らせて呉れました。

 http://home.att.ne.jp/blue/apex/

上記のサイトで「リヒーター」として販売している商品がそれです。

 「何々? ほんとだぁ〜」

 液体の入った10cm四方ほどのプラスチック袋の一角のボタンを押すと、たちまち中の液体が固まると共に発熱を始めるのだそうです。これで1時間程は使えるのだとか。ダイビング1本分に丁度よい位じゃないですか。更に有難い事には、使い終わった物を暖めて中の成分を溶かすと繰り返し使用出来るのだとか。それならば1つ1500円というのも決して高くはないかも知れません。もう、興味ムクムクです。でも、疑問も同時にムクムク。

 「ボタンを押すと発熱するって一体どういう仕組みなんだろう」

そんな僕の「はてな」を見透かしたように、ブルー隊員から続報が届きました。このカイロは比較的簡単に自作することも出来るんですって。

 http://g3400.nep.chubu.ac.jp/onsenkids/craft/y-heatpack/heat-pack.html

 上記サイトをご覧下さい。

 「なるほど、なるほど」

このカイロは「過冷却」という現象を利用しているのだそうです。少し昔の理科の時間を思い出してみましょう


 今、20℃の水を-20℃の氷にまで冷やす事を考えます。ま、我々は普通、水を冷凍庫に入れる事を考えますね。これはつまり、水から熱を奪って温度を下げようとしている訳です。これを水の側から見れば、水は熱を放出(発熱)しているという事になります。さて、熱を奪われて水はどんどん温度を下げて行くのですが、0℃より冷たくは出来ません。水はここで一旦温度低下を停止して氷になります。その際には、凝固熱という熱を放出しなくてはなりません。そうして、完全に氷になると氷は冷凍庫で冷やされて改めて温度低下を始め、-20℃にまでなると言う訳です。

 この過程で大切なのは、

  /紊0℃以下にはなれない
 ◆0℃の水が0℃の氷になるには熱を放出(発熱)せねばならない

ということです。

 ところがです。水を非常にゆっくりと慎重に凍らせてやると、-20℃の冷凍庫の中でも凍らずに液体(水)のままでいる事が稀にあるそうです。これが「過冷却」という現象です。タラバブルー隊員の話では、漁協の冷凍庫でこの現象が見られる事があるのだそうです。水の入ったペットボトルを冷凍庫の中に入れっぱなしにしておいて、翌日に見るとボトルの中が凍っていないのだそうです。そこで、

 「あれっ?」

とボトルを持ち上げて水面を揺すると、見る見る内にピシピシピシッと凍ってしまうんですって。ちょっとそんな瞬間を見てみたいですよね。僅かな刺激でたちまち凍ってしまうほど不安定であるというのがこの過冷却の特徴でもあります。

過冷却過程


 そして、過冷却のペットボトルは-20℃もの低温度なので感じられる事はないでしょうが、ピシピシッと瞬時に凍って行く間に、本来ならば0℃で放出する筈だった凝固熱をこの時に大慌てで放出している(発熱)筈です。

 今回のカイロは、この「大慌ての熱放出」を利用しているのです。水の過冷却は上の様に不安定ですし、0℃ではカイロと言うより冷却器ですから使い物になりません。そこで、このカイロでは酢酸ナトリウム・3水和物という物を利用しています。これは、食品添加物にも用いられている程安全ですし、安価に手に入る化合物です。

 酢酸ナトリウム・3水和物は融点が58℃です。つまり、この温度以上では液体ですが、これ以下では白い結晶になってしまいます。ところが、この化合物は非常に過冷却を起こし易く。融点より30℃以上低い室温でも平気で液体で居るんですって。ですから58℃以上に加熱して一旦液体にしてから室温にまで戻してもまだ液体の酢酸ナトリウムのままなのです。ところが、ちょっと刺激を与えてやると、

 「わっ、しまった。融点をこんなに下回っているのに、俺、液体のまま
  だった」

という事を思い出し、急いで結晶になり始めます。その際に、「大慌ての熱放出」を行い、それをカイロの熱源に利用しようという訳です。始めにご紹介したリヒーターと言う商品に付いている「ボタン」というのは、過冷却状態の酢酸ナトリウムに刺激を与える為のものなのでしょう。そして、熱放出を終わった後、もう一度加熱して液体に戻して遣れば同じ事を繰り返す事ができるのです。

 「よし、おおよその理屈は分かったぞ」

でも、理屈は所詮理屈に過ぎません。本HPのサイト・ポリシーは、

 「自分の目で見てみよう、
  自分の足で調べてみよう、
  自分の手で遣ってみよう、

  そして、自分の頭で考えてみよう、
  そして、そして、自分の舌で味わってみよう」

であります。さすがにカイロは食えませんが、どんな物なのか自分で作ってみたいじゃないですか。上記のサイトでは小学生でも出来ているのです。中年のオヤジに出来ぬ筈はありません。そこで、早速材料を集め始めたのでした。  (つづく)

第177回 「夏炉冬扇-その2」 へ続く

2005/06/12 記
   

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