| 第171回 満漢全席 - 奈落篇 | |
| 第170回 「満漢全席-昇竜篇」 より続く | |
構想から3ヶ月を要して遂に完成した「フカヒレの姿煮」は、久々の会心の出来でした。費やした長い時間も、投資した1万円近いお金(中華レストランで高級フカヒレが食べられる金額)も全てが報われた思いでした。 でも、これで終わった訳ではありません。今回の「フカヒレ・プロジェクト」の最大の功労者はなんと言ってもタラバ・ブルー隊員です。定置網漁の最中にわざわざヒレを切り取り、更に面倒な下拵えをして呉れたのです。こりゃあ、ブルー隊員にフカヒレを食べて貰わない訳にはいかないでしょう。その為に、ヒレの中では一番高級と言われている背ビレを残しておいたのです。調理のコツはもう分かりました。 そこで、十分に煮込んで殆どの味付けも済ませたフカヒレをタッパに入れて恭しく富戸に持ち込んだのでありました。ブルー隊員には、 「フカヒレが食えるぞ〜っ」 と前もってメールしておきました。 そして、今回の「フカヒレ・プロジェクト」の本当の締めくくりとなるこの日。朝からポンポンと2本潜って少し遅い目のお昼ご飯となりました。ブルー隊員に声を掛け、イエロー隊員と共におにぎりを手に手に、さあ、準備OK。 鍋にフカヒレを移すと、携帯コンロに火を入れてグツグツ。ごま油、オイスターソースを加えた頃には付近はもうすっかり中華ワールドです。 |
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この飴色のスープが食欲をそそりますねぇ。 |
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チンゲンサイを入れて粗方火が通ったらさあ出来上がりです。 「さあ、召し上がれ」 と促すと、ブルー隊員も恐る恐る箸を進め、ヒレを小さく切り取るとゆっくり口に運びました。目を閉じてじっくり味わうと、再び目を見開いて大きく頷きます。そして、ニッコリ。 よしよし、そうだろうそうだろう、うまかろう。僕もすぐ後に続きました。湯気の立ち昇るフカヒレをフウフウいいながら頬張りました。もぐもぐ・・。うん、なるほど。尾ビレと比べるとよりプルプル感が強いですね。 「やっぱりうま〜い」 一気にその場が盛り上がりました。 が、その一方で気になることがあります。上の2枚の写真を御覧頂くと分かるように、さっきから右の方で「ジ〜〜ッ」という音がしているのです。 「何だろうな? 耳障りだな」 と音のする方を見ると、 「あれっ?」 本HPにもしばしば書き込み頂いている uni さんでした。熱い眼差しでこちらを「ジーッ」と見つめておられるのです。先ほどから耳についていたのはその音だったのでした。寄せられて来る視線を追うと、僕の箸の先にぶら下がっているフカヒレに行き着きました。 「あ、あれっ? uni さんも召し上がります?」 ま、流れとしてはこう言わざるを得ません(内心はちょっと惜しかったけど)。 「えっ? いいんですか?」 uni さん、早くも箸を握り締めて突進状態です。そして、鍋の中の一片を頬張ると、 「くぅ〜っ、うまい〜っ」 と身も捩らんばかりです。ここまで喜んで頂けると、差し上げた僕もやはり嬉しいですね。が、ここから uni さんの不審な行動が始まりました。ポットに水を入れると、ご自分のコンロで沸かし始めたのです。 「あの・・、 お茶だったらありますよ」 と声を掛けたのですが、 「い、いや」 と、もう完全に自分の世界に入ってしまっています。そして、バッグの中からゴソゴソと取り出したのがこれだったのです。 |
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「えっ? カップラーメン?」 何だかちょっと嫌〜な予感がして来ました。 やがて、お湯がシュンシュンと沸いてきました。 uni さんはいそいそとそれをカップの中に注ぎます。蓋をすると何やらニヤニヤです。 「これってひょっとして・・」 そうして3分。蓋を開けると、 uni さんは再びニコニコと鍋に寄って来て、 「あの、フカヒレ・ラーメンにいいですか?」 えっ? このフカヒレをカップ麺に? でも、「召し上がれ」と一度申し上げた以上「駄目」とも言えません。 「ど、どうぞ、どうぞ」 |
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フカヒレとチンゲンサイを乗せると、確かに立派なフカヒレ・ラーメンの出来上がりです。でも、こんなにも贅沢なカップ・ラーメンが嘗てあったでしょうか。こうなると僕も興味が出てきました。どんななのでしょう。 「ズルズルズル〜〜ッ」 uni さんは麺を掻き込むと、厳かにフカヒレを一口・・・・・・。どう? どうなの? すると・・・ 「う〜ん、フカヒレはそのまま食べなきゃやっぱり駄目だなぁ。カッ プ麺の安っぽいスープの味付けで全てが台無しだ」 へっ? 丹精込めたフカヒレがカップ麺ごときの材料になったと思ったら、「全てが台無し」〜? く〜っ、哀れじゃ〜、フカヒレが哀れじゃ〜〜っ! この時、人々に背を向け、涙を流すまいと目を閉じた僕の脳裏に映ったのはこの様な情景でした。 |
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時は、維新の記憶も薄れ始めた明治中期のこと。我が家は、嘗ては京都・北白川家の流れをくむ高貴な家柄でした。ところが、いつしか家運は傾き始め、気が付いたら先祖伝来の古伊万里の壺や南宋の青磁の皿を一つ一つ売りながら糊口を凌ぐ暮らしとなっていました。 でも、優しい妻と一男一女の子供にも恵まれ、豊かではなくとも幸せな毎日でした。特に、姉の麗子は美しく聡明に育ち私の自慢の娘でした。彼女が歩くと、その美しさに恥らって桜の花も花弁を閉じると噂されるほどだったのです。 ところが、そんな麗子をどこかで見初めたのでしょう、或る日、隣町の高利貸しの男が我が家を訪ねて来ました。そして、その家の長男の嫁に麗子をと言うのです。更に、黒いカバンから札束を取り出すと、 「勿論、こちらの家にはそれなりの補助もさせて頂きますよ。北白 川のお家柄とはいえ、近頃は色々お困りのようですし・・」 と部屋をぐるりと見回すのでした。麗子を金で買うと言わんばかりのその無礼に腹を立て、私はすぐにその男を追い返しました。 「おい、塩だ、塩を撒いておけ!」 あんな成り上がりの金貸しに足許を見られた自分の不甲斐なさに私は涙したのでした。部屋に戻ると麗子がいました。先ほどの遣り取りをふすま越しに聞いていたのでしょう。 「お父さん、わたし、よくってよ。お嫁に行っても。あのお金があれ ば弟の一郎を上の学校に上げて遣ることもできるんでしょ」 「れ、麗子・・・、お前・・」 縁談は私を置き去りにする様に、とんとん拍子に進んで行きました。そして婚礼の日。私は麗子の手を握りしめたまま何も言葉が出ませんでした。麗子も、 「おとうさん・・」 と言うのが精一杯でした。それから、当時町に1台しかなかった自動車に乗って麗子は嫁いで行きました。私はその姿が見えなくなるまでいつまでも手を振っていました。 それから麗子が我が家に里帰りすることはありませんでした。気丈な娘でしたから、嫁ぎ先の家風に慣れようと頑張っていたのでしょう。やがて、麗子が労咳(ろうがい = 結核)を病んだとの噂を風の便りで聞きました。私は気が気ではありません。辛抱できずに直接会いに行こうと思ったとき、嫁いでから初めて麗子が我が家に帰って来ました。しかも驚いた事に、あの香るばかりの美しさに包まれていた娘が見る影もないほどに痩せさらばえていたのです。時折激しく咳き込む口許に血が滲んでいます。 「れ、麗子・・」 私は二の句が次げません。娘には高利貸しのあの男が付き添って来ました。 「高貴な家柄か何だかしらないけど、子供も産めない上に肺病まで 病んだのではねぇ。とっととお引取り下さいな。もう、こんな嫁のお 陰で我が家は全てが台無しだ」 そう言い捨てて帰って行ったのです。 小さく小さくなってしまった麗子の病は日を追うごとに進み、程なくして亡くなりました。私の腕の中で、 「おとうさん、御免ね」 と言ったのが最後の言葉でした。 もう、遠い遠い昔の話です。 |
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「やっぱりカップ麺じゃフカヒレは台無しだなぁ」 そう頷きながらラーメンをすする uni さんの姿を見る僕の瞳からは一条の涙が流れて落ちたのでした。 (おわり) |
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2005/04/21 記 |
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