第20回  タラバガニ その2

     本稿をお読みいただく前に
        第17回 「ズワイガニ
        第18回 「タラバガニ
     を御覧頂くと一層お楽しみいただけます。

 「今夜は寒いし、おでんにでもしようかな」
と仕事帰りの足で晩御飯の買い物にビブレの店内を歩いていました。
 「タコも入れてみようかな」
と鮮魚売り場に行ってみたところ、冷蔵ケースの隅に見慣れぬ赤い色が陣取っているのが目に付きました。
 「なんだろう。あっ、タラバガニだっ」
先だって大騒ぎしながら食べたばかりだっただけに親近感もひとしおです。1匹丸ごと売っているなんて珍しい事です。
 「でも、先週持ってきて頂いたもの方が大きくておいしそうだ
  ったな」
と、その場を離れようとした時、パックの中のカニの一部に目が釘付けになりました。

 「あの・・・足の間からはみ出てるのは・・・卵・・? 卵・・?」
暫し沈黙の後、
 「メスだ〜! タラバガニのメスだ〜!」

先だって『メスは滅多に手に入らない』と聞いたばかりでした。僕は大慌てでそのタラバを掴むと籠に押し込みました。お値段は¥1,980と、普段の晩御飯のおかずとしては破格のレベルでしたが、そんな事問題じゃありません。
 「タラバガニは本当にヤドカリの仲間なのか」
という問いに対する答えをこのメスが持っているはずなのです。

 先週、タラバのオスを解剖してみましたが、『これぞ、ヤドカリたる決定的証拠』というのは、どうも得られなかったような気がします。
 「いよいよその証拠を掴めるのか〜」
僕の胸は知らず知らず高鳴ります。

 レジを済ませて店を駆け出すと、僕はすぐに携帯電話を取り出しました。
 「非常事態発生、非常事態発生。
  タラバ探訪起動戦士・カニレンジャー隊員は直ちに集合せよ」

 そして1時間後。集結した隊員達の熱い眼差しの下、パックは厳かに開けられたのでした。

タラバ・オス

 メスをチェックする前に、前回撮影したオスの写真を皆で見直して復習です。
 「カニは『ハサミ+4対の足』、タラバは『ハサミ+3対の足』」
カニレンジャー隊長のタラバ・ブラックたる僕が叫ぶと、隊員達が
 「カニは・・」
と復唱します。続いて、
 「タラバのハサミは右デカよ」
すると、
 「タラバのハサミは・・」
と再び復唱です。

タラバ・メス

 さて、愈々タラバ・メスの登場です。体重は1.0Kgでしたので、先週のオス(1.4Kg)よりかなり小ぶりです。

 「ハサミ1対+歩脚(足)3対。オスと違いはありません。
  右のハサミが大きい。これもオスと違いはありません」

タラバ・イエロー隊員の声が部屋に響きます。

 ただ今回のメスの際立った特徴は、まず、腹側からはみ出している卵塊です。更に、その卵を抱えているが故に、腹側の甲羅の一部が背側に回り込んでいることです。オスの写真と比べると、その差は一目瞭然です。

タラバ・甲羅

 先週にならって、タラバのそっくりさん「アブラガニ」との違いを念の為にチェックします。

 「心域の棘6本、胃域も6本。タラバに間違いありません」

タラバ・ピンク隊員の声も誇らしげです。(アブラならば、それぞれ4本と9本です)

タラバメス・腹

 そして、腹側が上になるようにひっくり返してみます。
 ワーッ、所謂「ふんどし」部分には卵がびっしりです。この「ふんどし」に抱えられた卵は食通の間では「外子(そとこ)」と呼ばれ珍重されているそうです。また、産み出される前の卵はまだメスの体内にあり、それは「内子(うちこ)」として更にグルメ垂涎の的なのだとか。
 さて、「ふんどし」とはエビの腹の部分に相当し、それを手前に折り畳むとカニになる訳です。その様子を図鑑で見てみましょう。

(*)

 エビの腹部には幾つかの節があり、それぞれに1対ずつの「腹肢(ふくし)」と呼ばれる小さな足が付いています。卵を抱えるエビのメスはこの腹肢を用いるのだそうです。

 それでは、「タラバがヤドカリの仲間である証拠」であるこのふんどし部分をよく見てみましょう。まず、先週のオスを上の写真でもう一度確認します。ふんどしは三角形をしており、中心線に対して左右対称です。また、ふんどしの各節も左右で違いがありません。(先週の個体のふんどしは矢印部分で少し折れ曲がっていましたが、そこを修復すれば左右対称に間違いはありませんでした)

 さて、愈々これがメスです。ふんどしはオスよりもかなり大きくて腹側全体を覆っています。また、その形は左右対称な扇型をしていました。でも、その扇を区切る各節の大きさが左右で全然違うのです。左側の節がどれも右側よりかなり大きいのです。その結果、中心線がかなり右側に片寄ってしまったのです。

 「へーっ、メスはふんどしの形自身が右に片寄っているのかと思った
  らそうじゃないんだな。中心線がずれているだけなんだあ」

と、意外な展開にビックリです。

 では、そろそろ解剖の開始です。まずはふんどし部分を開いて見ましょう。
 「うわっ」
お腹全面が卵で一杯です。しかも、卵塊はふんどし面にしっかりくっ付いていて簡単に離れるようにも見えません。ためしに、卵の一部を指でつまんで引っ張って見るのですが、全くはがれないのです。また、一つ一つの卵も容易にバラける様子もありません。

 これが卵(外子)のクローズ・アップです。一粒は1mmもないでしょう。所々に納豆の糸の様なものが引いているのが見えるので、それぞれの卵は何らかの粘着性分泌物でくっ付いているのかも知れません。
 「おや? タラバ・イエロー隊員の姿が見えないようだが・・」
と思ったら、この卵塊の一部をスプーンですくって、部屋の隅でこっそり食べています。
 「わ〜っ、卵なのに確かにカニの味だ〜っ」
喜びにイエローの背中が震えています。
 ピピ〜ッ。ホイッスルが鳴り響きます。タラバ・ブラック隊長として、ここは綱紀の粛正を計らねば。
 「タラバ・イエロー隊員。5分間の懲罰房入り!」

 それにしても、卵塊はふんどし部分から中々剥がれません。よく見ると、ふんどし表面から何かしっかりした「柱」の様なものが出ていてそれに卵が絡み付いているようなのです。そこで、卵を少しずつ時間をかけてほぐし取り、きれいに洗ったのが上の写真です。
 毛の生えたしっかりした足の様な器官が4本出てきました。この毛の表面に卵塊が絡んでいたのでした。
 「そうかあ、これがタラバ・メスの腹肢(ふくし)なんだあ」
つまり、エビの腹部についていた短い  足がタラバガニのメスでは、こんな所に付いていて卵を抱えていたのでした。
 しかも、注目すべきはその位置です。上の写真で黒線で示したのがふんどし中心線です。大きく右に片寄っています。今回見つけた腹肢はすべてこの中心線より左側についているのです。右側には一本もありません。
 これこそが、「タラバがヤドカリの仲間である」次なる証拠なのです。

(*)


 ヤドカリ代表としてオカヤドカリ君に登場願いました。ヤドカリは、右側に体をねじって巻貝の軸に巻きついています。そのせいなのか、多くは「左側にしか腹肢がない」のです。正しく、タラバガニと同じではありませんか。
 「わあ、本当だ。同じだ、同じだ」
僕は何だか嬉しくなってきました。

 さて、タラバを巡る冒険はまだまだ続くのですが、長くなりましたので、続きは次回にといたします。


上記 (*)の写真は保育社 「原色日本大型甲殻類図鑑」-三宅貞祥 著からの引用です

2002/01/27 記

HP表紙へ > こぼれ話・最新へ > こぼれ話・ 001〜050へ > 本ページ