
僕が高校生の頃、大阪の下町にもマクドナルドのハンバーガーが遣って来ました。学校でも、
「行ったか? 食うたか?」
と言うのが話題の的でした。当時はアメリカはまだまだ遠い憧れ、つまりは「カッコいい国」だったのです。そして、映画の中でしか知らないアメリカン・ライフへの入り口がそのハンバーガーにはある気がしていました。今や関西では「まくどぉ」などと呼ばれている様ですが、当時はそんな気安い呼称はありませんでした。少し敬意までこめてちゃんと「マクドナルドのハンバーガー」と呼んでいました。
「よしっ、今日はマクドナルドへ行こうや」
と、陸上部の練習を終えて汗まみれのまま部の友達数人とドキドキしながら出掛けたのでした。燦然と輝くMのロゴのお店の前は、夕刻の若い人たちで一杯でした。でも、皆さん少しだけ着飾っている様にも見え、僕達のむさ苦しさだけが際立っていました。そう、その頃はマクドナルドはちょっとおしゃれな店だったのです。
「さぁ、ほんだら食うぞぉ〜」
とメニューの掲示を見上げてビックリしました。我々のお目当ては憧れのビッグ・マックだったのですが、それは当時の高校生にとっては飛んでもない値段だったのです。いつもクラブの帰りには学校の近所の牛乳屋でチェリオ(安くて量だけは多い飲料水)を飲んでいた我々にはそれは学校帰りに買う様な金額ではありませんでした。
「高〜っ。こんなん、晩飯やんけ〜」
と店内で一同立ち尽くしてしまいました。そこで仕方なく只のハンバーガーを注文。それすらも僕には高過ぎると感じられる値段でしたので飲み物もポテトもなし。
「お待たせしました〜、ハンバーガーお一つですね」
大阪の下町にあるのに標準語で話すお店のおねえさんも新鮮でした。今なら、味気ないマニュアル通りの接客と感じるんでしょうけどね。
そして、プラスチック・トレーにたった一つのハンバーガーを乗せていそいそと席に着き、パッケージを開いたのです。
「お〜、これがハンバーガーなのかぁ」
と歓声を上げながらも、想像していたよりパンが薄っぺらに感じられました(当時はバンズなどと言うこじゃれた言葉は知らなかった)。そして、一口。
「う〜ん、アメリカン・テイスト」
などと皆で頷き合いながらも、
「ちょっとパンがパサパサかな」
とも感じていました。でも、それを不満に思ってはいなかったのです。僕には、それこそがアメリカ大陸の味だったのです。
* * *
さて、上の写真です。コウベダルマガレイの雌雄が重なり合って産卵飛行に移った瞬間、僕の脳裏に真っ先に浮かんだのがあの日目にした薄っぺらなハンバーガーでした。今流に言えば、クラウン(上側のバンズ)がメス、ヒール(下側のバンズ)がオスです。
恐らくもう10年以上、マックのお店になど入ってはいません。
「何故あれが憧れの食べ物だったのかなぁ」
と気恥ずかしくも思うのでした。
2007/08/01 記