2005年 10 月の扉 ミカヅキツバメウオ



 哀しいかな人間は(って僕だけかも知れませんが)、ちょっとした見た目の違いだけで心が左右されてしまいます。

 松浦阿弥だって前田健だって見た目には僅かの違いに過ぎません。なのに方やトップアイドルであるのに対し、一方は物まねお笑い芸人さんです。

 部首の「广(まだれ)」だって、そのままだったら「広」とか「店」など生活に根ざした親しみのある漢字に使ってもらえるのに、点々が二つ付いて「やまいだれ」になっただけで「病」「疲」など何だかまがまがしい言葉になってしまいます。

 「内気」な人は積極性がないとして叱咤激励されるのに、それを読み方を変えて「ナイキ = Nike」とするだけでおしゃれでアクティブなスポーツメーカーに早変わりです。

 「adidas」と中国製のバッタ物の「adides」の違いはラインが3本か4本かだけの差です。でも、そのライン1本の違いが物の価値を大きく変えてしまうのです。

 この魚もそうでした。現れた時には、「季節の風物詩」的な単なる「ツバメウオの幼魚」に過ぎなかったのです。一通り評判になると間もなくそれも落ち着きました。ところが、どうやら単なるツバメウオではなく、伊豆では非常に珍しい「ミカヅキツバメウオ」らしいぞとなった途端、人気が爆発してしまいまったのです。それまでは、

 「はいはいツバメウオね」

と素通りしていた人までもが、カメラを構えて追い掛け回すようになってしまいました(はい、それは私です)。「ツバメ」と「ミカヅキツバメ」。我々素人が見て分かる差は体中央部付近にある黒いラインがあるかどうかだけの違いなのです。「adidas」と「adides」のお話とどれほどの違いがあるでしょう。

 いや、頭ではそう分かっているのですが、やはり哀しいかな、「稀種」「限定品」「食べ放題」の言葉に我々は弱いのです。(「食べ放題」は今は関係なかったか)

2005/10/01 記 
  

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