富戸の赤い雪 (2008/08/24)

 富戸の近辺には大きな河川が無いためでしょう、雨が降っても海に濁りが入ることが以前は余り無かったように思うのですが、最近は大雨の度に海がドロドロになっている気がします。朝から大雨のこの日も前日の透明度から急降下、海の中は朝からサンセットダイブ状態なのでした。


 月日: 2008年08月24日(日)
 天候: 雨
 気温: 21〜23℃
 水温: 22〜24℃
 透明度: 5m (海の中が暗い)
 海況: 並
 潮回り: 満潮 = 09:17 (130 cm)  干潮 = 14:03 (100 cm)
        小潮  月齢:23


 さて、夏休みの宿題の報告も終え、後回しにして来たナヌカザメの卵の話を改めて、と言う所で早速謝ってしまいます。

  「進路が一向に分からない福田政権の様で申し訳ありません!」

この日、突発事件が発生したため、また寄り道です。今回の主役は、アカヒトデです。恐らく富戸では最も数の多いヒトデでしょう。そのせいか、ダイバーが注目すると言えばヒトデカクレエビを探す時位です。つまり、ヒトデそのものに用はなく、エビ目当てなのです。

 それ以外は、或る時はボウシュウボラに無残に食い千切られていたり、フリソデエビが現れた時には、「こころ優しい」ダイバーの皆さんに生贄として奉げられたりと何だか散々な人生です。


 ところが、この日は違っていました。

 朝イチに、透明度急降下の浅場を移動していたところ見慣れぬ光景が目に入りました。それがこれです。

  「オオ〜ッ!!」

僕は海の中で絶叫です。

  「立ってるぅ〜! アカヒトデが立ってるぞぉ〜っ!」

図鑑などで見た事があります。これは確か、ヒトデの放精・放卵の独特のポーズです。

  「ぃやったぁ〜!」

慌てて岩場に着底です。ヒトデの仲間(棘皮動物)としては、これまでマナマコ、トラフナマコ、タコノマクラの放精・放卵を見た事はありましたが、ヒトデはまだ一度もありませんでした。

  「富戸では比較的ありふれた生き物なのに不思議だなぁ」

と常々思っていたのでした。ところが今、目の前でそのヒトデが決然と立ち上がっているではないですか。そこで、慌てて付近を見回すと、あそこでもここでも、

  「富戸にはこんなに沢山居たのか」

と思える程のアカヒトデがみんな起立していたのでした。しかも、どれもが岩のてっぺんや海藻(アントクメ)の上と言う見晴らしのよい場所を選んでいます。これは、放精・放卵前のマナマコと同じです。恐らく卵や精子を出来るだけ遠くまで拡散させようとするヒトデの知恵なのでしょう。

 そこで、その中の一つを選んで張り付いてみました。僕が見たヒトデはこの時点で卵も精子もまだ放出していないようでした。そこで興味は、

  「卵や精子は一体どこからどんな風に出て来るのだろう」

と言う事に注がれました。僕の頭の中あったのは、立ち上がったヒトデが自分の放出した白い精子に包まれていると言った図鑑の写真だったのですが、その精子がどこから出ていたのかを全く思い出せなかったのでした。この時、頭に浮かんだのが以前に見た事のあるタコノマクラの放精でした。


タコノマクラの放精 (2006/07/16)

 ヒトデと同様に5角形をしたタコノマクラはそのてっぺん付近から煙の様に精子を放出していました。しかも、5角形のその体に合わせるかの様に放精の穴は5箇所に開いており、そこからユラユラと白い煙が立ち上っていたのでした。

  「ヒトデもきっとてっぺん付近からの放精・放卵に違いない」

と、その付近を注目しました。その時最初に目に入ったのが、下の写真にある様な小さなポッチでした。

  「ここが開いて精子や卵が出て来るのではないだろうか」

とジ〜ッと見つめます。しかし、一向に何の変化もありません。

 後で調べて分かったのですが、これは「多孔板」と呼ばれる部分なのだそうです。ヒトデを裏返すと5本の腕(足?)に沿って小さなイボイボが並んでいるのが分かります。


アカヒトデの裏側にある管足

 これは「管足」と呼ばれており、ヒトデはこの小さな一つ一つのイボを文字通り足代わりにモゾモゾと動かす事によって移動しているのです。そしてこの管足は、これに繋がる管を通る水圧の変化で動くのだそうです。その管への給水口となっているのがこの「多孔板」なのです。普通、1個体に1箇所しかなんですって。こんな所から放精・放卵がある筈はありませんね。が、この時はそんな事を知る由もありませんでした。

 さて、そんな時、目の前をフワフワと赤い粒が流れて行きました。

  「何だこれ?」

と思ったらその粒がヒトデの腕にもくっついていました。

  「こ、この赤い粒がヒトデの卵か!」

それは思っていたよりも大きな粒でした。目を凝らさねば分かり辛いマナマコの卵に比べると肉眼でも楽々と識別出来ます。

  「これが卵だとしたら一体何処から流れ出してこの腕にくっついたんだ?」

ともう一度ヒトデの各部に目を凝らします。すると、またフワフワと流れて行く赤い卵、そして腕にくっつく数粒。僕は混乱し始めました。

  「一体どこから出てるんだぁ〜!」

が、よく見ている内に漸くわかりました。腕にくっ付いている卵はどこかから産み出されてくっ付いたのではなく、まさしくこの腕から産み出されていたのでした。

  「ええ〜っ? そうだったのかぁ〜」

そこで、改めてヒトデの腕を下の写真で詳細にご覧下さい。

 人間の腕にたとえるならば、肩から肘の辺りにかけてポツポツと小さな穴が並んでいるのが分かります。肘から先には穴は見当たりません。この後観察を続けても、先っぽから放精・放卵される例は実際ありませんでした。また、後ほど改めてヒトデの解剖図を調べてみると、生殖巣は確かにそれぞれの腕の根元付近に分布していました。

 さて、卵はこの穴をムニュムニュッと押し開くようにして非常にゆっくりと出て来るのです。そして、更に下から出て来ようとする新たな卵に押し出される様にして水中にフワリと放り出される様に見えました。更に、この卵は、まん丸ではなく少し楕円形をしていました。

  「そうかぁ、こんな所から出て来るのかぁ」

とその仕組みが分かったところで、もっと派手に放卵している個体はいないかと探し始めました。あちこちを泳いで「直立ヒトデ」を見て回っていると、おっ、ありました、ありました。華々しく卵を振りまいている個体です。

 腕の中から非常にゆっくり出て来た赤い卵はやがてフワーッと水中に舞い、また直ぐに次の卵がムニュムニュ出て来ます。それが5本の腕で華やかに繰り広げられるのです。付近はあたかも「赤い吹雪」のような幻想的な光景です。

  「雪が舞う〜、富戸の海に赤い雪が舞う〜」

僕の頭の回路は完全に焼き切れてしまいました。ジュジュジュ〜ッ。

 いやいや、こんな所で焼き切れては居られませんよ。奮起発奮。以上では放卵している個体、つまりメスを追ってきたのですが、当然オスも居ました。

 やはり、肩から肘に当たる部分に並んだ小さな穴から非常に細い糸の様なニュルニュルが出て来ては忽ち海の中に溶け込んでいました。一つ一つの糸は細いのですが、これだけ多くの穴から出て来たとなると、この個体の一部がモワーッと靄が掛かった様に見えました。

 そして、ここで思い出されたのがマナマコの雌雄の問題でした。春の午後遅い時間にこれまで何度も観てきたマナマコでは放精個体(オス)が圧倒的に多く、放卵個体(メス)はなかなか見つけられないでいました。では、アカヒトデの場合はどうなのでしょう。そこで雌雄の数を数えてみました。

 直立していながら放精も放卵もよく見えない個体も結構居たのですが、雌雄が識別出来た9個体の内、

  オス:メス = 5:4

でした。まずまず半々と言ってよいでしょう。

 さて、真夏の赤い吹雪はいつ果てるともなく延々と続いていました。結局、この日は朝一番の90分間全てをこれらアカヒトデに張り付いて過ごす事になりました。傍を通るダイバーグループも居たのですが、直立ヒトデなどには気にも留めない風でした。自分が見た範囲ではかなり大規模な放精・放卵で、ダイビングエリア全域で繰り広げられていただろうと思えたのですが、後ほど聞いてもそれを見た人は居ない様でした。皆、ヒトデなんかには関心ないのかなぁ。

 でも、いいんです、いいんです。今も目を閉じれば深々と降り積もる赤い雪が僕にははっきりと見えるのでした。


参照:

2009/08/23 「富戸で俵万智」 へ続く

2008/08/28  記


2008/08/31 補遺:

 タラバブルー隊員から、約10年前の8月終わりのお昼頃、IOP 1.5 の根 水深15m付近で見られたオオアカヒトデの放卵の写真が送られて来ました。了解を頂いた上で、ここでご紹介致します。



 オオアカヒトデと言えば 40cm 程度はある筈です。その体の大きさの割には卵は非常に小さく見えます。アカヒトデの卵の1/2〜1/3 位ではないでしょうか。しかも、オオアカヒトデの卵は白いんですね。これがジワーッと出続けていたのだそうです。

 いやぁ、同じヒトデでも種類が違えば卵の色も大きさもこんなに違うんですね。何だか感心!
  

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