地方巡業 - その1 (2008/07/15 - 1)

 2001 年に当HPを立ち上げた時、各コーナーも一斉に開始し、基本的な形は現在まで変わっていません。しかし、この「生き物の記録・ログ」のコーナーをサイトの柱として当初は進めて行くつもりでいました。その一方で、「はてなの定置網・海の書籍案内」でも、「港の情景・港の散策」でも、「こぼれ話・海で遊ぼう」でも、シリーズ化するものが続出したり、かなりの調べ物をした上でなくては書けない話を扱う様になり、どのコーナーも大忙しでどれが柱なのかも分からなくなって来てしまいました。ま、殆どの読者の方にとってはどうでもいい話なのかも知れませんが、膨張して広がって行く幾つかのテーマに手を焼きながらも、僕は、

  「売れない流行作家気取り」

でそれらを平行して進めて来たのでした。でも、そんな中でも、自分に課して来た不文律があります。それは、

と言う事でした。これまで、富戸以外の海の潜水記録としてログで取り上げたのは、川奈の海だけだと思います。ただしこれは、富戸へ移植する為のアマモの採取記録だったので、直接富戸の海と繋がるお話だったのです。また、2005〜2008年の夏休みの屋久島ダイビングの記録は、「聖域」である当ログのコーナーで取り上げる事はなく、「こぼれ話」として扱っていました。

 ところが、その禁を破るように、屋久島での観察記録が遂にログに登場です。


 月日: 2008年07月15日(日)
 天候: 晴れ
 気温: 25〜30 ℃
 水温: 28 ℃
 透明度: 30 m (真っ青すぎて分らない)
 海況: ベタベタ
 潮回り: 満潮 = 19:36 (152 cm)  
       干潮 = 03:07 (170 cm)  10:32 (64 cm)
        中潮  月齢:12
  日の出: 05:23  日の入: 19:21


 さて、そのテーマと言うのが富戸の海で10年近く観察を続けて来たセダカスズメダイなのです。

 現在僕は、富戸の磯の5箇所のセダカスズメ産卵床で毎年観察を続けています。#1〜#3は凡そ9年間、#4〜#5は4年間の継続観察です。この様に、セダカスズメダイのオスは、毎年必ず決まった場所に産卵床を設けます。

原則 1: セダカスズメダイのオスは毎年決まった場所に産卵床を設ける

 下の写真がその典型的な例です。


#2 産卵床 (2005/08/07)

 写真中の( ) 内の数字は産卵後の日数を表しています。つまり、(0)はその日の早朝に産み付けられた卵を、(4)は産卵後4日を経過して当日の夕方に孵化する卵を表しています。

 ここからも幾つかの原則が見て取れます。

原則 2: 卵は 1m 程の岩の隙間の垂直面に産み付けられる

原則 3: 産み付けられてから卵の色は毎日色を変える 

原則 4: 卵は最も新しい卵塊の隣に産み付けられる

原則 5: 富戸においては、産卵後4日半で孵化する

 この中で、僕が最も興味を惹かれたのは原則 3 です。このルールのお陰で、毎日の様に卵が孵化したとしても、卵塊はいつもコンパクトに一まとまりの形を維持できています。その為に、オスは卵保護の移動距離を最小限に出来ているのだろうと僕は考えています。

 この原則で産卵・孵化が進むと、卵塊が円グラフのパッチワークの様に産卵床上をクルクルと回る様に見えるのです。

 この様に、卵パッチが「円グラフ型」で回転するのが最も一般的なのですが、中には変わったパターンを描く者も居ます。


2004/07/19 #1 産卵床

 上は、僕がワイプ型と呼んでいるものです。写真の右下に生みつけられた卵パッチの次にはその左上、更にその左上と進んで、再び右下に戻るのです。この場合には、卵パッチは規則的に産み付けられてはいるものの、飛び地が生じる為に、オスは産卵床の端から端まで行ったり来たりしなくてはなりません。何故に、こんな非効率な産み方をするのか今の所想像も付きません。ただし、このワイプ型の産卵を行う産卵床では毎年ワイプ型なのです。つまり、

原則 6: 卵パッチのパターンは産卵床によって決まっている

 そこで、2005年現在での産卵床の条件と卵パッチの様子をまとめると以下の様になりました。

産卵床 産卵床の
大きさ
卵パッチ
構造
特徴
#1 ワイプ型
(右から左)
イソギンチャクの
脅威あり
#2 円グラフ型
(反時計回り)
早く産卵を始めて
早く切り上げる
#3 円グラフ型
(時計回り)
産卵期の最中に
夏休みを取得
#4 ワイプ型
(右から左)
横長・露出型の
産卵床
#5 小 x 2 立体8の字
ワイプ型
岩の2面を使う
産卵床

 この様に、産卵床の条件は様々なのですが、では一体どんな産卵床が一番有利なのでしょう。つまりどんな産卵床が1シーズンの間に最も多くの卵を産ませる事が出来るのでしょうか。そこで、2005年の夏は、その観察調査に費やしました。その結果、分ったのが、

原則 7: 広い産卵床を有するオスがより多くの卵を産ませる事が出来る

と言う事でした。

 ここで、セダカスズメダイに関しては一つの達成感がありました。その一方で、もっと知りたい事はあるのにどうしようもないもどかしさが残ったのでした。それは、例えば、

疑問 1: 1つの産卵床に居るオスは1シーズンの間、そして、数年に亘っ
      てずっと同じ個体なのか?

疑問 2: 1つの卵パッチはすべて1匹のメスが産んだものなのか?

疑問 3: 1つの産卵床に一体何匹のメスが関わっているのか?

疑問 4: 1匹のメスが1日の間に複数の産卵床で卵を産み分けると
      言う事があるのか?

疑問 5: 卵を産み付ける場所はオスが決めているのか、それともメス
      なのか?

 これらを明確にするのには、多くのセダカスズメを個体識別すると共に、産卵の瞬間を観察する必要があります。まず、個体識別です。例えば5箇所の産卵床で卵を守る5匹のオスを個体識別しようとこれまで試みた事は何度かあったのですが、体の大きさ、色・斑紋ではどうしても見分けが付かずに断念しました。

 そして、更に絶望的なのが産卵の観察です。と言うのも、セダカスズメダイは早朝に産卵すると言われているからです。

 セダカスズメダイの産卵生態については、現大阪市立大学教授の幸田正典さんが詳細に研究なさっています。


「魚類の繁殖行動」 東海大学出版会、後藤晃・前川光司 編
“なわばり性スズメダイ類の産卵活動の日周期性” 幸田正典 より引用

 上のグラフはその報告から引用させて頂いたものです。図中の短い縦棒はセダカスズメが産卵していた時間を、右肩下がりの緩やかな破線は日の出時刻を表しています。こうしてみると、7月から9月に掛けて、日の出時刻に同期して産卵の開始が少しずつ遅くなって行く様子がよく分ります。また、セダカが産卵に要する時間は平均 31分とされています。この様な未明の産卵は、

「メスは自分の餌(海藻)縄張りを離れてオスの産卵床に遣って来ねばならず、留守の間に他の海藻食の魚の侵入を防ぐには、それらの活動が鈍い早朝が有利である」

と説明されています。

 ところが、一方で、

  「セダカは日中でも産卵している」

と言う話をここ数年チラホラと耳にする様になりました。僕が知る限りでは八丈島とIOPではそれが観察されているようです。でも、僕はセダカの産卵床をかなり多く覗き込んでいるダイバーだと思うのですが、セダカの産卵を富戸でまだ一度も観た事がありません。ですから、

「日中にも産卵はあるのかもしれないが、セダカスズメダイの産卵はやはり早朝がピークなのだ」

と考えて来ました。そうなると、富戸での観察によって先の疑問に答える事は出来ないと言う事です。5箇所の産卵床の観察は毎年続けながらも、

  「最早、手詰まり」

との感を深めていました。ところが、その閉塞感を吹き飛ばす転機が昨年の夏に訪れたのでした。 (つづく)


参照:

2008/07/15-2 「地方巡業-その2」 へ続く

2008/07/21  記

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