富戸で水入り (2008/07/06 - 3)

2008/07/06-2 「富戸はるみ」 より続く

 長年どうしても確かめる事が出来なかったアオサハギの産卵の瞬間を遂に捉える事が出来ました。ここに到る一つ一つの積み重ねが報われた思いでジワジワと喜びがこみ上げて来ます。が、ここで気を緩める事無く、今回の観察をもう一度振り返ってみました。

産卵時刻

 昨年、タラバイエロー隊員が見たアオサハギの産卵は午前10時頃、今回は午後2時頃でした。確かなデータがある富戸の記録はこの2例だけではありますが、

「富戸でアオサハギの産卵を観察するのに時刻的な制約は大きな問題にならないだろう」

と思われます。早朝しか見られない、夕方限定と言う訳ではなさそうです。ただ、日中ならいつでも見られるのか、「主に午前」「午後が中心」と言った傾向があるのかどうかはまだ不明で、もう少し観察例の蓄積が必要です。

カイメンの素性

 今回アオサハギの産卵が見られたのは、5m四方程の範囲内にサグラダカイメン数個が生えている、「バルセロナ」と呼んでいるエリアの一角でした。タラバイエロー隊員がアオサハギの産卵を昨年観察したのもこのバルセロナ内でした。ただし、産卵基質に今回選ばれたのは、昨年のカイメンから3m程度離れた所にあるものでした。外見上は昨年と同じ種(通称サグラダカイメン)と考えてよいと思います。


昨年(2007/10/21) の産卵基質


今年(2008/07/06)の産卵基質

 が、念の為にこのカイメンの氏素性をある程度確かめておきました。

 油壺で観察された例では、アオサハギは Grantessa Mitsukurii (グランテッサ・ミツクリイ)と言う石灰カイメンに選択的に産卵したと報告されています。ところが、昨年富戸で産卵が確認された(通称)サグラダカイメンは、

と言う事から、恐らく普通カイメンの一種であろうと考えられました。そこで、今回のカイメンも1cm程だけ千切って持ち帰り、その骨片を調べてみました。前回と同じ様に、

と言う手順で進めてみました。


昨年のカイメンの骨片(強酸中)


今年のカイメンの骨片(強酸中)

 すると、今年のカイメンから得られた骨片も強酸中で溶ける事無く、針状の形状をしていました。やはり、今年のカイメンも外見上からも予想された通り、昨年と同じ普通カイメンである事が分かりました。

カイメンの選択

 さて、今年のカイメンが昨年のものと同種であるとするならば、

「富戸では生息数の少ないサグラダカイメンへのアオサハギの産卵は決して偶然ではなく、彼らは明らかにこれを探して選んで利用している」

と言えるでしょう。さもなくば、こんなにも少数派への産卵が偶然で2回もある筈はありません。となると、

  「アオサハギは何故このカイメンを選ぶのか?」

が最大の謎になるのですが、これは昨年もあれこれ調べても分かりませんでした。

 そして、逆の面で気になるのは、

「このカイメンをアオサハギが好むのは事実としても、絶対にこれでなくてはならないのか?」

と言う事です。少なくとも、富戸においてはサグラダカイメンにしか産卵しないのだとしたら、アオサハギの産卵を観察するには、カイメンの前で待っているだけでいいと言う事になります。いつ産卵するのか分からないペアを延々と追い掛ける必要は最早ないのです。でも、それは本当でしょうか?

オスの求愛

 初夏の頃からしばしば見られる上の様な光景、つまりアオサハギのオスがお腹の皮とヒレを広げて青く輝きながらメスの行く手を遮る様な行動を僕はたびたび「ネチネチ求愛」と表して来ました。でも、そう書くたびに何か引っ掛かる物を感じていました。

  「これって本当に求愛なのだろうか」

 つまり、「産卵へと導くための直接的な誘導」を「求愛」と定義したとすると、上の様な「求愛」の結末として本当に産卵があるのでしょうか。それを考える時いつも思い出すのがキタマクラの例です。

 今から10年近く前のこと。その頃は、キタマクラがどうやって産卵するのかがまだどうしても分りませんでした。当時注目していたのが、やはりキタマクラのオスが青く輝きながらメスの前に回り込む行動だったのです。中層で見られるその行動は僕にはどう見ても「求愛」だとしか思えませんでした。しかし、幾ら繰り返しそんなオスを追い掛けても産卵にまで至らなかったのです。

 そこで、視点を変えてメスに注目するようになった途端、思いも掛けなかった所で産卵しているキタマクラのペアを見つけたのでした。それ以降、キタマクラの産卵は、

  「中層のペアを追いかけて見るのではなく、藻場で待って見る」

のが基本戦略となったのでした。その当時も、それ以降も、中層の「求愛」から産卵に至ったキタマクラを見た事がありません。だから、僕は、

「あれは、いわゆる『求愛』ではない。産卵と無関係ではないだろうが、あの行動から産卵には直接繋がらない。おそらく、『お前は俺の女だからな』と言い含める様な意味があるのだろう」

と今は考えています。

 アオサハギのあの「求愛」もひょっとしたらそれと同じなのではないでしょうか。つまり、あれを幾ら追い掛けても産卵には到達しないのではないでしょうか。ただ、アオサハギのネチネチ求愛はキタマクラのものより遙かにしつこく長時間に亘っています。直接産卵に繋がらないのにあんなにエネルギーを注ぎ込むというのは不自然に見えるのも確かです。

 ふぅ〜む、つまり、アオサハギのネチネチを見たら今後も追い続けねば本当の事は分らないと言う事ですね。

アオサハギの縄張り

 今回一部始終を観察出来たアオサハギの産卵は、

  「長時間にわたるネチネチを続けた果てに漸く行き着いた」

と言う種類のものではありませんでした。

「少なくとも前日からカイメン付近に集まっていた4匹の中からタイミングの合った2匹が呼吸を合わせた」

と言う風に見えたのです。確かにメスに言い寄るオスは何度もネチネチ求愛を繰り返していましたが、それは上でご紹介した求愛とは異なり長時間に及ぶ事はありませんでした。オスは、せいぜい2〜3分で諦めていたのでした。それは、

「どうせメスはここで産卵しかないんだから、後は産気付いているかどうかを確かめればいいだけだ」

と知っていたからではないでしょうか。

 産卵の前段階は、「ネチネチと『求愛』を続けること」ではなく、「産卵に適したカイメン・エリアを縄張りとして定着すること」ではないでしょうか。この「縄張り」とはまだ曖昧な言い方に過ぎず、オスが設けてメスを呼び込むものなのか、或いはもっと別の形態なのかまだ何も分ってはいません。

 以上のこと全てを明らかにしようと思えば、これからもバルセロナ・エリアでサグラダカイメンとアオサハギを継続観察しなくてはなりません。あの4匹はこれからどうなるのでしょうか。暫く産卵を続けるのでしょうか。その時のオス・メスのペアは決まっているのでしょうか。メンバーは入れ替わるのでしょうか。

 あ〜っ、こうしては居られない、続きが見たい〜。

んがぁ〜、う〜っ、残念。僕は2年ぶりに富戸を出て、明日から屋久島で夏休みに突入です。週末2回分も富戸に行けないのは辛い〜っ、折角これからいい所なのに〜! でも、もう飛行機のチケットも買ってしまったしなぁ〜。仕方なく、ここで一時中断して水入りです。

 アオサハギ〜! あと2週間、待ってろよぉ〜!


参照:

2008/08/23 「富戸の宿題」へ続く

2008/07/12  記

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