富戸で四つん這い (2008/02/23)

2008/02/09 「富戸で武者震い」 より続く

 一体どうしたと言うのでしょう。今冬の富戸は妙に荒れ模様の天気と海況が続いていますが、この日はその極めつけでした。午前中は青空の下、比較的良好な天気だったのですが、お昼ごろになって一天にわかにかき曇り、なんと横殴りの吹雪になったのでした。むぉ〜寒い!


 月日; 2008年02月23日(土)
 天候; 晴れ後吹雪
 気温; 2〜5℃
 水温; 14℃
 透明度; 18m 
 海況; 並み(西風の予報だったがベタ凪にはならない)
 潮回り; 満潮 = 12:17 (122 cm)、 干潮 = 08:50 (117 cm)
        若潮、 月齢 = 10


 さて、富戸では珍しいチャガラの成魚。雌雄2匹ずつの集団が今は中層を泳いでいます。しかし、間もなくオスが水底に巣を構えてメスを呼び込むのだろうと思われました。でも、チャガラの産卵なんてどんな風に進むのかなんて見た事は勿論、聞いた事もありませんでした。チャガラの成魚がグッチャリいる様な場所ならば、手当たり次第に観察していれば気付く事も多いのでしょうが、富戸にはたった4匹です。見落としのない様に追わねばなりません。そこで、チャガラの産卵についての文献はないかと探したところ、ありましたありました。1961年と言いますから今から凡そ50年近く前のものですが、チャガラの産卵についての水槽観察の報告がありましたので、これをまずご紹介します。

 まず意外だったのは、今頃の時期のチャガラの群れの雌雄比です。1953年2月5日に長崎県五島列島の或る港内で四ツ張網を用いて採集したチャガラ全165匹の内、その93%までもがメスだったのです。つまり、オスはたった7%です。

 これは、普段は中層を泳いでいるチャガラのオスが繁殖期に入ると水底に巣を構えるからだと考えられているのだそうです。だから、オスは網に掛からなかったのです。そしてオスは、巣穴から出てメスを誘い込んでは産卵させ、その卵をオス自身が守ると言う訳です。

 一方、この時採集された154匹のメスの内、その19%の個体はすでに産卵を終えていました(恐らく解剖して調べたのでしょうね)。これはつまり、成熟したメスから順にオスの巣穴に導かれ、産卵が終わったらまた群れに戻って来ている事によると考えられています。なるほど、納得出来ますね。でも、実際の海の中ではどうなのでしょう。この研究の時代にはスキューバ・ダイビングなんてなかったから海の中の観察なんて限られた条件でしか出来なかった筈です。

「チャガラの群れが見られる地方の皆さ〜ん、この時期もチャガラの成魚は群れていますかぁ〜。そして、その中でオス(背ビレが長い筈)は本当にほんのチョッピリですかぁ〜。どうかよく見て教えて下さ〜い」

では、更にこの報告を追ってみます。

 5〜6月に採集したチャガラは、水槽内でもやはり中層を漂っており、水底から5〜6cm程度にまで水深を下げるそうですが、着底することはないそうです。つまり、腹ビレの吸盤はやはり役には立っていないのです。

 さて、水槽で飼育するうち、11月下旬頃になると雄魚のエラの膜、腹ビレ、尻ビレの各部に薄黒色の婚姻色が出たとされています。実は、これが僕が疑問に思うところなのです。この文献でもそうですし、ウェブ上でチャガラを取り上げたサイトを見ても、冬になると「チャガラの婚姻色」と言った事がしばしば取り上げられています。でも、僕は、

  「本当に婚姻色なの?」

と少し疑問に思っています。そもそも個体数の少ない富戸の海の話だし、注目もしていなかったから確かな事は言えないのですが、冬になって体色が派手になったとは思えないのです。チャガラの写真はストロボを強く当てているからヒレの派手さが浮き立ちますが、水中で肉眼で見る限りでは結構地味に見えます。

  「夏の間からチャガラはこんな感じじゃなかったかな」

と思うのです。どなたか、夏と冬のチャガラの比較写真をお持ちの方がおられましたら、是非教えて下さい。

 更に、この文献では、オスの方が背ビレが長いなどと言う事は何処にも書いてありませんでした。

  「ええっ? 僕の思い込みに過ぎないの?」

この背ビレの長さの差こそこの時期のチャガラの一番の注目点と思っていただけにちょっと意外であったと共に、僕も少し自信が無くなって来ました。 

 さて、こうして色気づいたチャガラは愈々産卵期を迎えます。この水槽観察では産卵床として水底にタイラギガイの貝殻を伏せて水底に置きました。すると、まずオスがそこに陣取りました。このとき、チャガラは初めて着底したのです。そして、やがて泳ぎ上がってメスを誘い込むような仕草を繰り返す様になります。そうした求愛を繰り返す内に、メスの一匹が貝殻の巣穴に誘い込まれるのでした。

 ただ、巣穴に入ったからと言って直ぐに産卵となる訳ではないらしく、メスが産卵を終えて出て来るのは数十分から数十時間と場合によって大きなばらつきがあるのだそうです。卵は、伏せた貝殻の天井部にチャガラのメスが上下さかさまになって生み進めます。オスはそれに放精して回ります。この上下さかさまの姿勢をとる時にこそ、「ちゃがらの盲腸」とでも言うべき腹ビレの吸盤が役立っているのでしょう。

 一つの産卵床では複数回の産卵が見られる事もあり、雌雄のペアが同じ場合も異なる場合もあるのだそうです。

 以上が、文献から知られているチャガラの産卵行動のあらましです。

  「さあ、これでチャガラの産卵観察の準備も万端」

と言うところなのですが、ここで悲しいお知らせです。

  「今年の冬から春はこれで楽しませて貰うぞ」

と思っていた富戸の4匹のチャガラが1月末から2月にかけて次々と姿を消してしまったのでした。はじめは、

  「これこそ何処かに巣穴を構えた証拠!」

と付近を徹底的に捜したのですが、全く何処にも見当たらないのです。オスは着底して見えなくなるとしても、メスは産卵を終えれば再び中層に出て来る筈なので、居るのならばどこかで見つかる筈なのに行方知れずのまま。付近には沢山のメバルの成魚がポワーッと漂っているので、

「てめぇら、交尾を見せてくれるほどのサービスも出来ない癖に、大切なチャガラ様を食っちまったんじゃないだろうな」

と胸倉を掴んで詰め寄るのですが、彼らは、

  「そんなの知らないよぉ〜」

と相変わらずポワーッなのです。こうして肩透かしを食らった僕は、土俵の真ん中で惨めに四つん這いになるのでした。くそ〜っ、チャガラめ〜覚えてろ〜っ、今年の年末にはリベンジだぁ〜っ!  (おわり)


参照:

2008/03/13  記

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