2007年最後のこの日、今年最後の1本を終えてヨコバマを振り返ると、冬らしい明るくて真っ青な海が穏やかに広がっていました。
「あ〜、面白かった。ことしも1年、安全なダイビングを有難うございました」
もう誰も居なくなったExスロープから僕はそっと手を合わせました。
月日; 2007年12月31日(月)
天候; 快晴
気温; 4〜8℃
水温; 16℃ (薄っぺらな6半ではちょっと辛い)
透明度; 22m (すっきり富戸ブルー)
海況; ベタベタ
潮回り; 満潮 = 09:48 (131 cm)、 干潮 = 16:31 (75 cm)
小潮、 月齢 = 21
さて、年を越えての発表となってしまいましたが、けじめとして2007年の総決算、恒例の富戸十大ニュースの発表です。

10位にだって本当ならば取り上げたくはないけれど、いつの日か2007年の富戸を振り返った時に決して忘れる事が出来ないでしょう。
12月に入ると、富戸を訪れるダイバーの数が例年よりメッキリ少なくなりました。水温が急降下のこの季節ならば当然の流れと言えるかも知れませんが、その頃、お隣のIOPでは富戸の何倍ものダイバーが集まっていたのだそうです。
「なるほど、IOPには水中クリスマス・ツリーがあるからね」
「水中ポストも人気だからね」
と言う声が多く聞かれました。なるほど、それもあるのかも知れませんが、僕はそれだけではないと思います。数年前に経営母体が変わって以来、IOPではダイバーの利便性を考えて施設上の数々の改良が続けられて来ました。普段富戸を潜っている僕でも、
「それはいいなぁ」
と思う工夫が幾つもあります。近年のIOPダイバーの増加はそれを素直に反映したものでしょう。富戸のダイビング事業を運営する伊東市漁協は、そんなIOPの興隆を横目で見て焦りを感じたのではないでしょうか。「ヨコバマに生け簀を入れてマンボウを見世物に」などと言う無謀な計画が持ち上がったのでした。
何も分かっちゃいないのです。利用者である肝心のダイバーの声に耳を傾けてなどいないのです。僕は本当にガッカリしました。
2007年、6月下旬から7月下旬までほぼ一ヶ月間、僕の潜水本数はゼロでした。ダイビングを始めて以来こんな事は初めてです。海の中が最も賑やかになる7月を丸々棒に振ってしまったのです。例年ならば、富戸夏合宿で潜りこむ時期でもあります。生け簀設置の話を聞いた時、
「そんなグロテスクな物が出来るのならば、もう富戸には来るまい」
と思いました。そうして、次のベースとすべきダイビング・エリアを既に考えていました。ところが、ヨコバマに広がる生け簀をいざ目にすると、
「これは、この暴挙の行く末を見届けねばならない」
と思い直したのでした。でも、やはり海に行く気がしないのです。見たくないのです。そんな二転三転する思いの中で、お陰で色んな事を考える時間が出来ました。一方、
「生け簀への思いを伊東市漁協にメールしましょう」
の僕の呼び掛けに賛同して下さった皆さんの声に励まされもしました。どうも有難うございました。僕の心に及ぼした影響と言う意味ではこの問題こそ十大ニュースのトップと言ってよいのかも知れませんが、こんな忌々しい事を1位に持って来るのは悔しいのでやっぱり10位。
僕の個人的な我がままだけで言えば、勘違いした伊東市漁協がこのまま何もせずに、富戸のダイバーの数が減って行って呉れれば有難い限りです。

しかし、富戸のダイビング・サービスもダイバーの声に手をこまねいているばかりではありません。富戸のシンボルである温泉丸に突如現れたのがこの設備です。タラバ・ブルー隊員手作りの温泉ラジエーターであります。
「温泉、ぬるいよぉ〜」
「熱っぅ〜、上島竜平じゃないんだから、こんな熱湯に入れないよぉ〜」
などと言う声が繰り返されてきたのがこれまでの温泉丸でした。そこで、お湯の温度をうまくコントロールして供給しようというのがブルー隊員の工夫なのでした。
ししおどしの音も軽やかに、稼動し始めたこのラジエーター、夏の間は確かにうまく働いてくれて、「熱い」「ぬるい」の声を聞く事が少なくなりました。でも、僕は、
「真冬にならないとその真価は測れないだろう。外気温が低下して風も強くなったら、この温泉ではぬるいんじゃないんだろうか」
と思っていました。ところが、北風が吹き荒れたこの年末・年始も温泉丸は快適でした。湯温のぶれは例年より少なかったと思います。巧みな設計に改めて感心したのでした。

9月6日から7日に掛けて伊豆を駆け抜けた台風9号は、地元の人をして、
「こんなに凄い台風は見た事がない」
と言わしめるほどの大荒れの海をもたらしました。お陰で脇の浜のコンクリートは完全にめくれ上がり、海の中の景観も一変してしまいました。自然の力の凄さを思い知らされた一件でした。

2007年も、富戸の海を題材に色んな物を食べました。そんな中で、僕が一番意外性を感じたのがヒジキでした。ヒジキの煮物なんて、これまで特に美味しいと感じる事もなく、出て来れば食べると言う程度のおかずに過ぎませんでした。ところが、富戸の流れ藻の中から拾って来たヒジキの酢の物はシャキシャキとした気持ちのよい歯応えが鮮烈で、
「こりゃあ、貧乏しても海からの拾い物で暫くは生きて行けそうだな」
と勇気付けられたのでありました。

すべては、タラバブルー隊員から貰ったスルメイカにくっ付いていたこのアニサキスから始まったのでした。
「そんなのに当たった人なんて聞いた事ないや」
なんて思っていたら意外と漁師さんの間にも被害者が多く、色々調べているとこれがサバ・アレルギーとも深い繋がりを持っている事が分かったのでした。読者の方々からの反響も大きく意外な盛り上がりを見せました。
「やっぱり食い物ネタは強し」
を再認識させられました。

丁度去年の今頃は磯の冷たい水温に耐えながらメバルの股間に目を凝らし、ちっちゃなちっちゃなチンチンを探していたのでした。
これまで一括りに「メバル」としていた魚が実は3種に分かれ、その内2種が富戸に生息している事を実地の調査で確かめる事が出来ました。本の中に書いてある事を「ふむふむ」と分った気になるだけでなく、海の中で実際に自分の眼で見た事こそ自分の身になるのだと言う事がよく分かりました。更に、この股間調査でメバルの群れの雌雄比が大きくメスに偏っている事も分かりました。オス・メスを見分ける事が出来るだけで楽しみは大幅に増えることが実感できたのが嬉しかったのでした。

僕がログで取り上げているお話は世間的には地味ネタと考えられているらしく、多くのダイバーの方にとっては関心の埒外にあるようです。そんな中でも、このキンセンイシモチの話は特に地味と映ったのではないでしょうか。
でも、僕にとっては数年越しの宿願とも言える大ニュースでした。キンセンイシモチが温帯系のドット型と南方系のライン型に分かれると知って、富戸のキンセンを徹底調査したのが2004年の事でした。確かに、富戸ではドット型が多く、少数のライン型は越冬する事が出来ませんでした。でも、
「ドット型とライン型が互いの違いを認識し、同じ場所でありながらそれぞれの種ごと分かれて求愛・産卵する現場を見てみたい」
と願い続けて来たのでした。そして、冬季の水温が例年になく高かった2007年、遂にライン型同士でペアを組んで産卵する個体が現れたのでした。求愛や産卵の瞬間こそ見られなかったものの、まずは貴重な第一歩です。大抵の人にとっては、
「それがどうした」
と言う問題なのでしょうが、普段は本の中で他所事にしか感じていない「生物進化」が実際に海の中で感じられたとても嬉しい一瞬なのでした。

ある程度経験を積んだダイバーならば、伊豆の海でクマノミを見たからと言って喜ぶ人は居ないでしょう。越冬・繁殖しているのはもはや当たり前の事です。そんな数組のクマノミ・ペアを個体識別して追い始めて3年以上が経過しました。特別な大発見があると言う訳ではないのですが、名前まで付けて四季の変化を追っていると愛着も湧いて、些細な変化が本当に楽しく感じられるのです。
そんな彼らの産卵を、「産み始めの最初の一粒から、産み終わりの最後の一粒まで見届けてやろう」などと考えたのが運のつきでした。産卵の日や時刻を予想する事が難しいのは勿論の事、産卵時間も予想を超えて遙かに長かったのでした。お陰で、「一箇所貼り付き記録」4時間40分と、従来記録を大幅に塗り替える事になったのでした。最初の一粒を見たからどうと言う事はないのでしょうが、その結果産まれた「満腹食堂理論」を僕は
「中々説得力のある理論じゃないだろうか」
と考え、一人悦に入っているのでありました。

これは、今までの僕の記録とはちょっと異なる様相の展開を見せています。何年もの間
「見てみたい」
と思い、実際に怪しげな振る舞いのペアを長時間追った事もあったのですが、どこでどんな風に産卵するのか全く掴めぬままだったのがアオサハギでした。「石灰カイメンに卵を産み付けるらしい」という論文情報があるだけだったのです。
「どれが石灰カイメンなんだ?」
と言う事も分からぬままお手上げ状態でした。ところが、その瞬間をタラバ・イエロー隊員が遂に目撃したのです。僕自身がその場に立ち会えなかったのは残念でならないのですが、その後の調査がなぜだか楽しいのです。
「これは石灰カイメンなのか?」
「アオサハギが石灰カイメンに産卵するというのは本当なのか?」
と考えて富戸のカイメンをあれこれ調べているだけで何だか妄想が次々と広がって来るのです。
「僕なりの理論を立てて、来年をカイメンを絞り込んでアオサハギを待ち受けるぞ」
の思いを新たにするのでした。

2007年はやはりこれが1番でした。5月のほぼ1ヶ月をこの観察だけに費やしました。これもまた何年もの間見たい見たいと思って来たテーマです。いや、思うだけでなく何時間も海で粘った事もあったのにそれでも見る事が出来なかったオキタナゴの出産に遂に立ち会うことが出来たのです。しかも、1回・2回たまたま見る事が出来たと言うものではなく、何度も何度も繰り返し観察する事が出来、しかも多くのオキタナゴが一斉に出産する、僕が「ラッシュ」と呼んでいる劇的時間帯がある事も見つけられました。
「オキタナゴの母親は幼魚達の群れの中に自分の子を産み放っているのではないか」
と言うタラバイエロー隊員の発見が長年の謎を解く大きなきっかけとなりました。そして、それを糸口にボンヤリとではありますが出産の仕組みを把握出来たと思っています。「その瞬間を見る」という興奮も勿論あったのですが、それは入り口に過ぎず、「少しずつ仕組みが分かって来る」というこのゾクゾク感が海の中で生き物を観る一番の魅力であると思います。
イエロー隊員の発見も、毎年の長時間の観察があったからであり、その長い観察も「見たい」と言う強い思いがあったからだと思います。それぞれは決して無駄ではなかったのです。オキタナゴの出産を見ようと海に入って、直ぐにそれを目撃出来る方もおられるかも知れません。周りの人達は、
「いいなぁ、強運の持ち主だなぁ」
と仰るかも知れません。でも、その人は、
「こう言う個体を追えばいいんじゃないだろうか」
「この時間帯を狙うべきではなかったのだろうか」
と考えながらも空振りに終わると言う「長く無駄な時間」を可哀想にも持つ事が出来ないのです。僕らはその人の経験出来なかった「長く無駄な時間」を通じて多くの事を知る事が出来たのだと断言できます(と言っても、空振り続きだと本当に情けなるんですけどね)。
「強く思い」
「粘り強く行動し」
「小さなきっかけに考えを巡らす」
をモットーに2008年も愚直に富戸の海を潜り続けたいと思います。
2008/01/03 記
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