2007/11/18-1 「富戸でアルカリ」より続く
アオサハギが産卵床として利用したカイメン(サグラダカイメン:仮称)のは本当に石灰カイメンなのかを、その骨片を観察して突き止めようとしたところ、形の上からは普通カイメンではないかと思えました。

サグラダカイメンの骨片
しかし、骨片の形状に関しての正確な資料を持っている訳ではないので、これを普通カイメンと結論付けてよいのかどうか確信を持てませんでした。もし、これが普通カイメンだとしたら、これまで
「アオサハギは石灰カイメンに産卵する」
とされていただけに重大な問題になります。ここは慎重な検討が必要です。
そこで、こんな事を考えてみました。カイメンは大きくは、次の4つに分類できます。
・ 石灰カイメン
・ 普通(尋常)カイメン
・ 硬骨カイメン
・ 六放カイメン
硬骨カイメンの多くは化石種なので今は外しておきます。また、六放カイメンは深海種なのでダイビング・エリア内での話では考慮する必要はないと思います。ですから、今考えるべきは、
「サグラダカイメンは石灰カイメンなのか普通カイメンなのか?」
だとしてよいでしょう。そこで、この2つの骨片を比べた時、大きく異なるのは形状だけではありません。その成分が違うのです。
・ 石灰カイメン・・・骨片:炭酸カルシウム
・ 普通カイメン・・・骨片:珪質(ガラス質)
ここで、石灰カイメンの成分である炭酸カルシウムと聞いて思い出される事はないでしょうか。確か、中学校あたりでの理科の実験で扱ったと思います。簡単な事ですのでここで実際にご覧頂きましょう。

これが炭酸カルシウムの粉末です。僕の職場は化学系なので、基本的な薬品は棚にあります。そこで、仕事をしている振りをして炭酸カルシウムの瓶をコソコソと持って来ました。さて、ここでお立会い。ここへ希塩酸を少量加えてみます。すると・・・、

ジュワワワ〜ッと音を立てて大きく泡立ちます。そしてしばらくすると、

炭酸カルシウムの粉末は姿を消し、無色透明の水だけが残るのでした。この間に進行した化学反応は次の様に表されます。
CaCO3 + 2HCl --> CaCl2 + H2O + CO2
炭酸カルシウム(CaCO3) は塩酸(HCl)と反応し、炭酸ガス(CO2) と塩化カルシウム(CaCl2) を生じます。激しい泡の正体はこの炭酸ガスだったのです。また、塩化カルシウムは水に溶けてしまうので生成物は無色透明の水溶液になったのでした。つまり、炭酸カルシウムに塩酸を掛けると簡単に溶けてしまうのであります。
ですから、上に挙げたサグラダカイメンの骨片がもし炭酸カルシウム(石灰カイメン)であったならば、塩酸に溶ける筈です。一方、ガラス質(普通カイメン)は塩酸にも安定です。だからこそ、濃塩酸だってガラス瓶に入れて保管されているのです。よって、骨片がガラス質ならば塩酸を掛けても何の変化もないでしょう。つまり、塩酸に対する反応によって石灰カイメンなのか普通カイメンなのかが分かるのです。では、早速試してみましょう。

上は、サグラダカイメンの肉質部を強アルカリ溶液で溶かして残った骨片を吸い出してスライドグラスに垂らした写真です。これを顕微鏡で見ればはじめに挙げた骨片が見える訳です。この状態ではこの水は強いアルカリ性を示します。そこで、ここへ塩酸を一滴ずつ加えていきます。始めはアルカリを中和して中性へ、やがて強い酸性へと水溶液は変化して行きます。

「この辺でいいかな」
かなり塩酸を加えたところで、pH試験紙、いわゆるリトマス試験紙の一端を液につけてみました。すると黄色の試験紙が真っ赤に変わりました。強い酸性になった証拠です。この時点で、肉眼で見た限りでは泡が出るといった変化はありませんでした。そこで、これを顕微鏡で見てみました。

強酸性中の骨片
すると、骨片には何の変化もありませんでした。念の為にと思って暫く時間をおいてからもう一度調べてみましたが、やはり溶けた様子はありません。
と言う事は、今回問題となっているサグラダカイメンの骨片は炭酸カルシウムではなくガラス質だったと言う事です。つまり、
「サグラダカイメンは普通カイメンである」
と言う事が遂に確かめられたのでありました。
「へぇ〜っ、そうなのかぁ〜」
顕微鏡の接眼レンズから目を離して感慨深く僕は腕組みです。アオサハギの産卵生態を論文発表なさった赤川泉さんによると、油壺ではアオサハギは、
Grantessa mitsukurii (グランテッサ ミツクリイ)
という石灰カイメンを唯一の産卵基質として執着していたのだそうです。赤川さんご自身も、論文発表以降アオサハギの産卵情報を聞いた事がないそうなので、今回の富戸における記録は、アオサハギが普通カイメンに産卵したと言う世界で最初の報告になる訳です。うほほ〜っ、何だか凄いなぁ。
たった1回の観察だけから勝手な想像の翼を広げるとするならば、赤川さんのフィールドであった油壺のアオサハギは石灰カイメンだからグランテッサを選んだ訳ではなく、もっと違う要因、例えば形とか大きさ質感などが選択のキーポイントになったのではないでしょうか。そして、富戸のサグラダカイメンはそれと同じ要因を有していた為に今回アオサハギに選ばれたのではないでしょうか。では、その要因とは一体何なのでしょうか。
もうここから先は行方も知れぬ「妄想列車」の爆走となってしまいます。しかし、この列車にブレーキはないので止まらなくなってしまったのでした。
参照:
2007/11/23 「ポンデ・フト」 に続く
2007/11/24 記
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