富戸の渾身  (2007/05/26)

 前夜遅くまでかなり激しい雨が降っていたのに、一夜明けると明るく穏やかな富戸の海です。

 「週末は好天で穏やか」

の連続記録はまだ継続中です。よしよし、この間に磯の浅場の生き物も見ておかねばね。


5月26日の港

5月26日の水の色

 月日; 2007年05月26日(土)
 天候; 晴れ
 気温; 22〜28℃(こりゃあもう夏だな)
 水温; 18〜19℃(水温上昇中)
 透明度; 5〜12m (深場はよさそうだけど、浅場の特に午後は真っ白の視界)
 海況; ベタベタ
 潮回り; 満潮 = 13:18 (109 cm)、 干潮 = 07:27 (73 cm)
       長潮、 月齢 = 9

 水温の上昇と共に海の中は一挙に賑やかになって来ました。ホンベラやカミナリベラはグループ産卵を繰り返していますし、オハグロベラもメスを誘ってヒラメの様な独特な泳ぎを繰り返しています。一方、クツワハゼのオス同士はヒレを目一杯広げてギラギラした体色でガチンコ勝負です。そして、椎の木の産卵床にはアオリイカが姿を見せ始めました。

 ところが、僕はそれらをチラッと横目で見て通過するだけです。実は、ゴールデン・ウィーク以降、定点観察の生き物以外は殆ど1点のみに照準を定めて潜っているのです。それがこれです。まずはビデオをご覧下さい(いつもサブカメラとして持って入っている5年前のコンパクト・デジカメのビデオ機能で撮影したのものなので高品質の画像は期待できませんが様子を分って頂くには十分だと思います)

動画: オキタナゴの出産 - その1 Windows media

 そう、オキタナゴの出産なのです。

 魚の多くは海中に放精・放卵することで子孫を残す方法を取っているのですが、中には陸上の動物の様に交尾するものも居ます。サメやエイの仲間、メバル・カサゴ・アナハゼ、そしてウミタナゴやオキタナゴなどです。そんな中で、アナハゼの仲間は交尾して得られた卵を「産卵」という形で産み出すのですが、その他の魚は母親のお腹の中で受精・孵化・成長して小魚の状態で出て来るのです。正しく人間と同じような「出産」を行うと言う訳です。更に、ダイビング・エリアでも御馴染みのメバル・カサゴ・タナゴ類に絞って考えると、これらの出産にはちょっと違いがあります。メバル・カサゴは確かに孵化した子供が数万匹単位で産まれ出て来るのですが、その大きさは数ミリに過ぎません。とても1匹1匹を肉眼で識別することなど出来ません。しかも、それらの出産時刻は大抵夕方なので、富戸の海ではそれを見届ける事が出来ないのです。

 ところがです。ウミタナゴやオキタナゴの海産タナゴ類は違います。例えば、ウミタナゴでは、全長凡そ15cmの母親(1歳魚)から5〜6cm程度の幼魚が10匹近く産まれ出る事が知られています。オキタナゴでも産まれた子供の大きさは4cm程度ですから、少し離れた場所からでも肉眼で十分見る事が出来ます。つまり、メバル・カサゴは「小さな子供を沢山産む」の作戦を取るのに対し、タナゴ類は「お腹で大きく育てた子供を少し産む」の作戦を選んだのです。数は少ないけれども、十分大きいので他の魚に食われてしまう危険性も少ないのでしょう。

 この様に、タナゴ類は出産・子育てに関しては飛びっきり変わった生態を持っており、出産に到るまでのストーリーも中々面白いのです。交尾する多くの他の魚同様、タナゴでも交尾と受精のタイミングは少しずれているのだそうです。ウミタナゴについての研究では交尾は10〜11月、そして受精は12月〜1月と考えられています。ただし、富戸の海で見て来た限りでは、少なくともオキタナゴの交尾は12月〜1月が一番盛んな気がします。(交尾と思われる瞬間はこれまで2回しか見た事がありません - 2004/01/02付けログ「富戸でフラッシュ・ダンス」参照)

 さて、ウミタナゴの精子は精子球と呼ばれる塊としてメスに渡されるのですが、その時にはメスの卵は成熟していないので精子は輸卵管で休眠状態に入ります。メスは繁殖期中に2回以上の交尾を行うと考えられているので、ここには2匹以上のオスの精子が身を潜めている事になります。そして、受精後、卵は凡そ1ヶ月かけてゆっくり成長し、母親の胎内で孵化します。メバルやカサゴでは恐らくこの後間もなく産み出されるんでしょう。ところが、タナゴ類ではこの後もお腹の中の子供らは母親が分泌する体液を栄養源として吸収しながら成長を続けるのだそうです。これって、もはや我々人間の母親が持つ胎盤と同じような機能ではないですか。

  「いやぁ、これからはたかが魚だなんて侮れないなぁ」

と感心してしまいます。

 さあ、そうして5cm程の大きさになった頃に出産を迎えるのですが、その際にも面白い特徴があります。幼魚達はすべて尾ビレ側から産まれ出て来るのです。今回、はじめにご紹介したビデオをご覧頂いてもそれが分ると思います。人間で言えば「逆子(さかご)」に当たります。それ故なのでしょう、

 「妊婦にはウミタナゴは食べさせない」

という地方もあるのだそうです。

 このように、生態自体も面白く、産まれ出て来る幼魚も肉眼で十分に見え、しかも富戸の海でも普通種であるとなると、是非この目で出産の瞬間を見てみたいではないですか。

 しかし、ウミタナゴやオキタナゴの出産をこの目で見たと言う人を最近まで僕は殆ど知りませんでした。どこをどう追跡すればよいのかも分かりません。こんな地味な魚に興味を持つ人は少ないのでしょうか。それとも、カサゴの出産と同様、タナゴ類の出産も夕方に行われる為に余り人目に触れないのでしょうか。そこで、水槽にてウミタナゴの出産を追った報告を調べてみました。それは4個体のメスを飼育した記録です。それぞれのメスが出産した時刻を下の図に示しました。点1つが産み出された1匹の幼魚を表しています。



4個体のウミタナゴの出産時刻
(桜井らの論文データより改変)

 こうして見ると、ウミタナゴの出産は夜の間はないけれど、日中ならば余り時刻に関係なく行われていそうです。となると、富戸の潜水時間中に見られても良さそうではないですか。

 「よし、出産を一度見てやろう」

そう思ったのはもう何年も前の事でした。ログブックをひっくり返してみると、1999年には既にオキタナゴの妊婦を追っていた記録が残っています。その頃、何の手掛かりも無い中で僕が注目したのは下の様なメスでした。


幼魚の尾ビレが飛び出たオキタナゴの妊婦

 後に改めて詳しくご紹介しますが、4月になる頃から浅場にはオキタナゴ(或いはウミタナゴ)のメスが群れを作るようになります。そのどれもがポンポコリンのお腹をしている事からお腹の中には子供がゴッチャリ居るんだろうなと言う事が想像出来ます。そんなメスの中に、上の様な個体を見つける事がしばしばあります。下腹部を見ると、これから産まれ出て来るであろう幼魚の尾ビレが見えるのです。

  「こりゃあ、間もなく産まれるという証拠に他ならないだろう」

と信じて、そのメスの後を追うのですが、結局は追いかけっこをする様に延々と海の中を行ったり来たりするだけで、産まれかけの幼魚が出て来る事はなかったのでした(2003/05/24付けログ「富戸の夕鶴」参照)。

  「もうオキタナゴを追うのは諦めよう」

それ以降、5月から6月に掛けての富戸で小さな尾ビレの飛び出たオキタナゴの妊婦を見ても、心の針が振れる事はなくなってしまったのでした。

 ところが、昨年の6月の事です。このオキタナゴの出産について、今まで思ってもみなかった大発見を我がカニレンジャーのタラバイエロー隊員が成し遂げたのでした。これをきっかけにオキタナゴの出産観察の道は一挙に開け、今年だけでも今まで既に15〜20個体以上のメスの出産に立ち会う事が出来ました。では、この観察の大転換は一体どの様にしてもたらされたのでしょうか。 (つづく)


参照:

2007/06/02 付けログ 「コペルニクス的富戸」に続く

2007/05/30  記

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