富戸で「ぼくの夏休み」 - その1 (8/10)

 僕もいよいよ一週間の夏休みです。恒例の夏の富戸強化合宿へ突入。

 「さあ長かった梅雨も明けてこれからが夏本番」

と思っていたのですが、何じゃこの天気。夏らしい陽射しは10・11日だけ。12・13日にはドンヨリ曇って肌寒さすら感じました。それに14・15日には雨がザーザーの上にうねりが入り、潜水注意で潜れず。しかも、合宿最終日の15日には国道までもが雨で通行止めと散々な一週間となってしまいました。

 「ぼくの夏休み」を返せ〜っ。

 月日; 2003年8月10日(日)
 天候; 晴れ
 気温; 32℃(台風一過の夏空) 
 水温; 21〜22℃
 透明度; 5〜10m
 海況; ベタベタ
 潮回り; 満潮 =  17:10 (154cm)、 干潮 = 09:36 (20cm)、 
        中潮、 月齢 = 11

今週の「自由研究」

 夏休みの宿題なんて誰だって嫌いだったと思うのですが、中でも僕は自由研究と読書感想文が大嫌いでした。読書感想文なんて一体誰があんなバカな事を考えたのでしょう? あの愚策が何人の読書嫌いの子供を生み出したかその罪の深さを分かっているのでしょうか。
 また、自由研究というのも困りものでした。

 「自由と言われてもなあ」

と子供心に戸惑ったものでした。
 今ならば調べてみたいあんな事こんな事が富戸の海だけでも目白押しなのに、時間がありません。時間だけはあった子供時代に勿体無い事をしていたものです。

 そこで、「2003年・ぼくの夏休み」の宿題第一弾は「観察日記」です。

今週の「8月10日」

 さて、夏休み初日の8月10日。前日の台風の影響もなく、台風一過の眩しい青空が広がります。
 そんな富戸の海にエントリーして顔をつけてフィンキック1発・2発した頃の事です。まだ背が立つ位の水深でした。ゴロタの石の下でシュシュッと動く魚のヒレが眼に入りました。

 「もしや・・」


岩穴

 7月頃から少し気になる事がありました。浅場で盛んに動き回るタナバタウオを何度か眼にしていたからです。普段の地味な黒い衣装をこの時期ばかりは腹部を派手な黄色に衣替えしています。恐らくメスを誘おうとしているオスの婚姻色なのでしょう。
 でも、すぐに岩穴に隠れてしまいその姿を追跡する事は出来ないでいました。
 この時、チラリと姿を見かけた魚も黄色っぽい部分が見えたので、これもタナバタウオかなと思ったのでした。

 「でも、どうせ人の視線の届かない岩の奥に隠れてしまったんだろう
  な」

と大して期待もせず、超浅場で水底に貼り付いて岩の奥を覗き込みライトで照らしてみました。

 「オッ!」


 確かにタナバタウオです。しかも、ライトさえあれば、そして頭を海底にこすり付ける位にすれば十分にその姿が見える位置に居るではないですか。

 「ラッキー」

よく見ると、尾ビレの後端は黄色の縁取り、背ビレと腹ビレは青く輝いています。薄暗い穴の中でかなり美しい光です。

 さて、彼らを見るといつも迷うのが、

 「これはタナバタウオなの? ナカハラタナバタウオなの?」

という事です。図鑑には、

 「ナカハラタナバタウオは頭部に多数の白斑が点在する」

という事になっています。しかし、例えば「日本産魚類生態大図鑑」を見ると、タナバタウオの顔にも白い点々があります。でも、ま、顔つきから判断すると、今回の個体はナカハラタナバタウオだろうなとまたいつも通りのあいまいな決定です。(以下ではすべてタナバタウオと略称します)

 ところで、穴の中のこのタナバタ、こちらを見つめたままジッとして動こうとしません。

 「あれっ? これって・・」

と頭をもっと下げてマスクが外れんばかりに水底の岩に顔をこすり付けると更に奥が見えます。ライトを向けると・・

 「あっ、やっぱりあった!」


8月10日(観察初日) - ナカハラタナバタウオ

 岩の天井部分に卵がビッシリと並んでいるではないですか。しかも、殆どが目玉も出た状態です。

 「ウワ〜ッ、感激ぃ〜っ」


8月10日(観察初日) - ナカハラタナバタウオの卵

タナバタウオの卵なんて初めて見ました。これで果たして産後何日位なのでしょうか。

 このタナバタ、体長は8cm近くはあったのですが、卵は非常に小さく感じられました。見辛い場所だったのでよく確認できないというせいもあるのかも知れませんが、スズメダイの卵よりかなり小ぶりに見えました。

 そんな事を考える内、Enしたばかりなのに僕はここで止まってしまいました。頭上を何人ものダイバーが通過と言うか僕を蹴飛ばして行きます。

 「こんな浅い所で寝転んですみませんねえ」

 さて、このタナバタ、卵を守っているところを見るとオスなのでしょう。でも、この時期同じ様に卵を守っているスズメダイと比べるとちっとも働いていないのです。胸ビレでパタパタと扇いだり、息をフゥフゥ吹き掛けて新鮮な水を送る仕事があるだろうにと思うのですが、そんな仕草が全然見られません。

 「これでちゃんと卵は育つんだろうか?」

気になる所です。これは是非ハッチアウトまで見届けてやらねばなりません。とはいえ、ハッチアウトは夕刻でしょうからその瞬間を見る事は富戸の海では出来ないんですけどね。
 それでも、この夏休みの宿題はこの「ナカハラタナバタウオの卵の観察」と決めたのでした。

今週の「8月11日」

 前日の卵の様子だと、すぐにハッチアウトと言う様には見えませんでした。タナバタウオの卵の変化なんて勿論見た事も聞いた事もないのですが、愈々と言う時期にはもっと卵が銀色っぽくなってくるのではないかなと勝手に想像していました。それに、親魚だってもっと落ち着かなくヒレをパタパタさせたりするはずです。

 そして、翌8月11日。朝イチ番にまずはタナバタ・チェックです。顔が歪む位にまた水底にへばり付いて岩穴を覗くと、卵はやはりまだありました。


8月11日(観察2日目) - ナカハラタナバタウオ

 相変わらず、オスはこちらを睨んだままで、卵を育てる仕事をしているようには特に見えませんでした。

 ところで、こうしてタナバタウオを改めて見ると、奇妙な魚です。まず、その強靭な腹ビレです。いつ見てもこれで体をしっかり支えています。明日にでもこれが足に進化してもおかしくない様に思えます。

 そして胸ビレ。端部が毛の様にフサフサになっているのです。何だかストーン・ウォッシュのGパンみたいでちょっとワイルドでかっこよかったです。

 「こんなの今まで全く気が付かなかったなあ」

 さて、卵です。


8月11日(観察2日目) - ナカハラタナバタウオの卵

 「う〜ん、昨日と違っているかなあ〜?」

前日の卵からの変化が僕の目にはよく分かりませんでした。特に色づいている訳でもなく、目玉のキラキラが目に付く程度でした。
 卵は日に日に変化してして行く訳ではないのでしょうか。もしそうならば、卵の変化からハッチアウトを予想するのは難しいかもしれません。という事は、この日の夕刻にでも孵ってしまうかも知れないという事です。

 そう考えると急に不安になると共に、何だか焦がれるような思いがしてきました。

 「ああっ、こいつのハッチアウトが見てみたい」

でも、これまで何度も書いて来ました通り、富戸は、夏季は4:30、それ以外は3:00が最終Ex時間です。IOPの様に、「夏季は5:30まで」という風になることも決してないでしょう(その1時間だけでも生態観察の世界は格段に広がるのですが)。夕刻の産卵やハッチ・アウトはすべて我々の観察対象外なのです。

 「でも、ちょっと待てよ」

このタナバタの巣穴はEnしてからから数キックの場所です。しかも、背が立つほどの深度。付近を海水浴の人たちが泳いでいるような環境です。様子を窺うだけならタンクも必要ありません。

 「4:30以降はシュノーケリングでここをチェックすればいいのではな
  いか?」

そう考えると、急にムクムクと勇気が湧いてきました。
 
 この日、ダイビング後の手続きを終えて一旦宿に引き上げると、シュノーケリング用のマスクとフィン、水中ライトを持って再び海岸に姿を現したのでした。時刻は5:30。この日の日没は6:37でしたので、日の入り前1時間、日の入り後30分の5:30から7:00までを観察時間にしようと決めていました。それより遅くなると付近は暗くなるでしょうからさすがに危険性が増してきますし、僕自身の集中力も続かないと思われたからでした。

 観察プランは以下の様にしました。5〜10分おきにタナバタの巣穴をチェックし、怪しげな雰囲気が漂ってきたらそこに貼りつくことにしました。タナバタウオのハッチ・アウトなんて見た事ないのでどのように進行するか分からないのですが、5分や10分でたちまち終了してしまう事はないだろうと想像しました。また、仮にそうであったとしても、その時刻が近付いてきたら親魚の動きが変わってくる筈です。だから、5〜10分おきのチェックで十分だろうと考えたのでした。これだと、一人でも集中力が持続できます。
 また、もしハッチアウトの時刻がこれより遅い場合には、もう素直に諦めようと心に決めました。

 さて、昼間の喧騒が徐々にその輝きを失いかけたこの時刻、海水浴の家族はまだ磯で遊んでいます。カニを摘んでいる子供達を横目に僕はゆっくりEn。ヘッド・ファーストですぐに目指す海底にしがみつこうとするのですが、深度が浅いが故に却って苦しいのです。すぐに浮きそうになりますし、波で体も揺られます。
 そこで、6半ウェットスーツの上を脱いでロング・ジョンだけになりました。

 こうして、潜っては巣穴の中をチェック、そして暫く休憩という作業が始まりました。

 深度が大変浅いとは言え、卵をチェックするには水底の岩に必死でしがみついて顔を岩に押し付けねばならないのでかなり体力を要します。それに、シュノーケリングの技術も未熟なので全く息が続きません。すぐに浮上して

 「プハ〜ッ」

息を整えてもう一度潜水です。

 ここまでこちらは苦労していると言うのに、タナバタには相変わらず特別な動きがありません。

 「やっぱり今日ではないんだろうなあ」

休憩中に海を眺めていると、水面は空の色と合わせる様に見る見るその色を変えて行きます。少しセンチメンタルな気分。

 「いやいや、感傷などに浸らずもう一本」

こうして予定通り7:00まで頑張ったのですが、とうとう何の変化もありませんでした。

 「残念」

トボトボと港を去る頃には辺りはすっかり夜の帳に覆われていました。

 この日、夕食を食べながらも、

 「もしかして、今頃ハッチアウトしてるんじゃないだろうな」

と気が気ではありません。
 こうして、タナバタウオと僕の昼夜を問わない根競べが始まったのでした。 (つづく)

                       2003/08/16 記
  

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