僕の父親は、赤紙一枚で先の戦争に遣られた最後の世代位に当たるのではないかと思います。僕が小さな頃には、風呂屋の湯船に浸かっている時などに、あの戦争が如何に馬鹿げたものだったのかなんて話をよく聞かされました。でも、そんな事を話しながらも、
「お父ちゃんは上等兵やったんや」
などと自慢げに言う事がありました。
「えっ? 二等兵とちゃうかったん?」
大阪の下町の何処にでも居る若造が上等兵なんて者に直ぐになれるとは思えませんでした。が、どうやら終戦時のドサクサに「誰でも二階級特進」みたいなものがあったらしく、その時に二等兵だった父親は上等兵になったというカラクリのようでした。戦後の日本ではそんな肩書きなど何の役にも立たず、大阪の大空襲では家を丸焼けにされた父親ですら、そんな下らぬものを勲章の様に思っていたのでしょうか。
それとも、「二階級特進」と言う言葉の響きには人の心に眠っている得体の知れぬ上昇志向の様な物をくすぐる魔力があるのでしょうか。
* * * *
さて、この日の朝イチの富戸です。8時に、ダイビング・サービスのドアが開きました。
「おはようございまぁす」
と、サービスのデスクに向かおうとした時のことです。


以前ご紹介した様に、ドアの一角にはミスジリュウキュウスズメダイの全スズ振ステッカーが貼ってあります。ステッカー1枚はスズメダイ最適観察ポイント「ひとつスズ・ポイント」の印、これが2枚になるとスズメダイ愛好家の多い「ふたつスズ・ポイント」、さらに、3枚はスズメダイ・ファン最高の栄誉「ミツボシ・ポイント」なのです。僕が知る限りでは、ミツボシは勿論、ふたつスズ・ポイントすら何処にもありません。我々富戸ダイバーも、日々の精進でスズメダイを見守り続けたいものです。
ところがです。この日の朝は少し様子が違ったのです。

あれっ、いつもと何だか違うぞと言う事が視野の隅に感じられました。そこで、改めてよく見てみると・・。

む、むぉぉお〜! 全スズ振のシンボルであるミスジリュウキュウスズメがミツボシスズメに変わっています。そして、燦然と輝く ☆☆☆
マーク。
「おおっ! これが噂に聞くミツボシ・ステッカーなのかぁ!」
勿論、僕は初めて見ました。何より目を惹くのが “MICHELIN” (ミシュラン)のロゴです。ミシュラン・スズメダイなんて魚がいる訳ではありません。ミツボシですよ、ミツボシ。
それにしても、「ふたつスズ・ポイント」すら未だ嘗て知られていないというのに、それをすっ飛ばして富戸の地に恐らく史上初の「ミツボシ・ポイント」が誕生したのです。いやぁ名誉な二階級特進です。このニュースを聞きつけた富戸漁協では近々提灯行列を予定しているとの話も聞きました。
「でも・・」
と改めて不思議に思います。誰にも気付かれる事なくここにミシュラン・ステッカーを貼って行ったのはどなたなのでしょう。そう言えば、朝早くから富戸ダイバーの
uni さんがこの付近をウロウロしていました。全スズ振と深い繋がりがあるのではないかと以前から睨んでいた人です。ただ、ご本人にそれを問い詰めても笑って誤魔化すばかりです。
「ま、いいか。とにかく目出度い、目出度い」
と、着替えようとロッカー・ルームに入って既に置いてあった僕の荷物の所に目を遣った時、更に僕は驚きました。

「ど、ど、どひぃぇ〜。これはダイバー最高の栄誉、ミシュランTシャツ!」
またまた誰にも知られる事無く、全スズ振の評議員の方が僕に授与すべく置いていって下さったのでした。
「ダイビングを始めて15年。遂にここまで登りつめたのかぁ」
流れ落ちる滂沱の涙を拭う事も出来ず、僕は一層の精進を誓ったのでありました。
ええ話やなぁ。
2008/04/17 記
HP表紙へ > 港の情景・最新へ > 港の情景;251〜300へ > 本ページ