第289回  赤湯

 富戸を訪れるダイバーの姿は寒さが募ると共にドンドン減って来て、この日はダイビングサービスが開く時間になっても、僕一人がポツ〜ンと佇んでいるだけでした。駐車場にもダイバーの車は一台もありません。でも、富戸を独り占め出来る様な気分で、それはそれでよし。

  「う〜、寒い寒い〜っ」

 ウェットスーツを抱えて水着姿で温泉丸へドボーン・・ドボ・・・ あれっ?温泉の湯が赤茶色に濁っています。


普段の温泉丸

 温泉丸は、100%源泉掛け流しの湯でありながら、特別な硫黄臭は無く、また一部の温泉で見られる様な濁りも全くありません。それだけに、初めて富戸を訪れたダイバーの中には、

  「これ、本当に温泉なんですか?」

と尋ねる方もおられます。それなのに、この朝は、誰もまだ入っていない温泉が濁っているのです。

  「あ、赤湯だ・・・」

そう、これこそ、一部の富戸通の間で「赤湯」と呼ばれる怪奇現象で、ダイバーにとっての吉兆と考えられているのです。と言うのも10年以上前の事、伊東市が群発地震に襲われた時、富戸の海で深海魚であるタナベシャチブリが度々目撃された事がありました。そして、その際、温泉丸の濁りがしばしば見られたのでした。それ以降、「深海の地殻変動 」「 深海魚への刺激」「深い温泉源の異常」の3つが結び付けて考えられる様になったのでした。そして、僕自身も、

  「温泉丸が濁った日に深海魚」

と言う経験をした事があったものですから、妙な真実味を感じる様になりました。

  「これはひょっとして、今日のダイビングで大発見があるかも」

と考え、この日の朝の1本目は、深場の砂地を流すダイビングになりました。しかし、いつもそんなにうまく行く筈もなく、シャチブリやキアンコウはおろか、シビレエイさえ見掛ける事はなく空振りに終わったのでした。ホンフサアンコウなんて一度見てみたいんだけどなぁ。

  「あ〜、寒い思いをしただけだった」

と、ダイビングを終えて温泉丸で体を暖めていたところ、

  「いや、それは違います」

と言う声が聞こえました。そちらに目を遣ると、定置網作業を終えたタラバブルー隊員が顔見知りのダイバーの方に話しているところでした。

「この温泉は、汲み上げてから一旦大きなタンクに湯を溜めているんです。すると、そのタンクの底に澱(おり)の様な物が経年で少しずつ溜まって来ます。その溜まった澱をポンプがたまたままとめて吸い上げてしまうと、こんな風にお湯が濁ってしまうと言う訳。地殻変動とは全く何の関係もありません」

えっ? そうだったの? と驚きながら、サンタの正体を知った時の様に僕はガッカリ。でも、

  「ちょっと、ちっと」

と思い直します。富戸ではダイバーの数が漸減していると言われるんでしょ。だったら、

「これは地元では『赤湯』と呼ばれていて、一部のダイバーの間では深海魚到来の前兆と言われています」

くらいの営業活動がどうしてできないのよ〜。僕は、「タンクの澱」説など信じません。サンタクロースは確かに居るのです。

2008/02/04 記

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