第258回  孔明パイ

 春の陽射しが強くなると共に、富戸港を見下ろす崖には紫色の花が一斉に咲き始めました。相変わらず花知らずの僕は、「春に紫色の花」と言うとそれだけで「スミレ」と考えてしまいます。しかし、図鑑を調べてみるとスミレとは全くの別物である事が分ります。スミレの花びらは5枚なのに、この花は十文字の4枚です。

  「むぅ〜、また図鑑を1ページから見ていかなくてはならないのかぁ」

と時間のかかる作業をしている内に、

  「おっ、これだっ」

漸く見つけました。オオアラセイトウ。これが標準和名です。一般にはハナダイコンの名で知られているのだとか。ダイコンの花に似ているからだそうです。うむ、そちらの方が覚え易いですね。

 この花、実は人気があるらしく更に「ムラサキハナナ」の別名もあります「紫花菜」の字を当てるのでしょうね。この色合いを愛でて園芸種と育てられている事もあるのだそうですが、そんな大層な扱いをせずとも春にはあちこちに咲き乱れています。

 さらに面白いのは、「ショカツサイ」即ち「諸葛菜」の名もある事です。諸葛とは勿論、諸葛孔明の事です。孔明が嘗てこの花の育成を奨励したからなのだそうです。

  「こんな花になぜ孔明が注目したのかなぁ?」

と不思議なのですが、あれこれ調べてみると、諸葛菜とは元々カブの事を指していたのだそうです。様々に利用できるカブを軍用食として勧めたのだとか。

 さて、「ダイコン」の名が付いていたり、カブと繋がりのある別名があると言う事は・・・・

  「この花も実は食べられる太い根があるのではないか?」

と妄想が爆発してしまいました。そうすれば、「春の富戸を食らうシリーズ」(いつの間にかそんなシリーズが出来てしまいました)の目玉商品になります。

「そうかぁ・・・こんな所に大根が眠っていたとは・・。むふふ、定置網で揚がった魚を焼いて、このハナダイコンのおろしを添えてなんて・・。こりゃあ、そそられるぅ」

 そこで或る朝、このハナダイコンの根元を少し手で掘ってみました。どぉ〜んと真っ白な大根が現れると思っていたのですが・・・ あれれ?

 別にどうという事のない普通の根がニョロリと伸びているだけでした。ひょっとしたら季節が違うのかも知れませんがこれが太い大根になるとはどうしても思えませんでした。

  「くぅ〜、がっかり」

と土を埋め戻したのでした。それにしても上の写真。土を掘り返したらサザエの殻が出て来るというのがいかにも港らしいと思いませんか。

 さて、頭の中では「焼き魚 x ハナダイコンおろし」の絵がすっかり出来上がっていただけに落胆も一層大きなものになりました。

  「よぉ〜し、こうなったら意地でもハナダイコンを食ってやるぅ!」

と「春の富戸を食らうシリーズ」に無理矢理もちこむべく作ったのがこれです。

 フルーツパイに富戸のハナダイコン(諸葛菜)の花びらを散らして、題して「孔明パイ」です。夏を思わせるほどの陽射しのこの日、脇の浜を見下ろしながら孔明パイを一口。モグモグモグ。

  「うん、いいんじゃない?」

イチゴ、バナナ、伊豆らしくニューサマーオレンジ、そしてサワークリームの酸味も爽やか。

「千数百年の時の流れを経て、自分の言葉がこんな形で表されて諸葛孔明も草葉の陰で喜んでいることだろう。ワッハッハ〜ッ」

無理矢理の笑い声が港にこだまするのでありました。

2007/04/16 記

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