第173回  アブラボウズ

 この週末の富戸は、透明度こそドンヨリではあったものの、海は穏やかだし何よりうららかな陽射しが本当に気持ちいい一日でした。

 2月、3月の温泉丸は、海の中でガチガチに冷え切った体を解凍すると言う実利的な意味合いがほとんどでした。が、最近は、海を眺め山の木々を愛でながら湯に浸かるという温泉本来の効用をゆっくり味わえるようになって来たのです。そんな風にして、青空を見上げながら温泉丸でのびのびしていた午後遅くのこと。

 ブルルル〜ンとエンジンの音がすると、港の隅にあるクレーン車がゆっくりと動き始めました。それまでのノンビリ・ムードが一転。ガバッと飛び起きてそちらを注目です。漁協のクレーンは本来定置網漁の水揚げの時に使うものです。網の掃除の時に借り出されていることもありますが、それも普通は午前中の作業です。こんな時刻に動くのは、

 「こりゃあ、クレーンじゃなきゃ上がらない大物が入ったんだ!」

温泉を飛び出して速攻で着替えると港に駆けつけました。既に、ちょっとした人だかりが出来ていました。その時クレーンが吊り下げていたのがこいつです。


 ヒエ〜ッ、でかい。付近の人の身長と比べると、丁度160cm程度はありました。そして、なにより丸々とした胴回りが目を惹きます。

 「どこかで見た事ある魚だなぁ」

と思っていたところ、これはアブラボウズなのだと教えてもらいました。

 「そうそう、以前、小田原さかな祭りの珍魚コーナーに展示されて
  いたんだった」

でも、その時は半分氷漬けになっていたのでこんなにも大きさを実感できませんでした。


 このアブラボウズ、こう見えてカサゴ目(ギンダラ科)の魚なのです。我々が想像するカサゴとはちょっと違いますよね。そして、その名の通り、かなり脂肪分の多い魚なのだとか。でも、小田原あたりでは「オシツケ」の名で親しまれている食用魚なんですって。

 (海辺の声 2004/05/06 付け #1900 参照)

「オシツケ」とは殿中の女房言葉で「飲食物の毒見をする」という意味なのだそうです。食べすぎの下痢に注意が必要だから「毒見を要する魚」の意味の名前が付いたと言われています。小田原近辺にお住まいの皆さん、今日の夕方は是非魚屋さんに寄って下さい。「オシツケ」が出ていたら、それは富戸産のものですよぉ。

 さて、この日驚いたのはこのアブラボウズそのものだけではありませんでした。この魚を揚げたのは、実は漁師さんではなく、遊漁船に乗っていた釣師の方だったのです。その仕掛けを見せて頂きました。


 これが、60〜70kgはあろうかというあの魚を釣り上げた竿です。

 「細い〜。こんなのでよく揚がりましたね〜」

と感心してしまいました。よく見掛けるイカ釣り用の竿なんかと余り変わりません。ここから1000mほど糸を出したところでヒットしたのだそうです。が、深海は潮の流れが複雑で糸が流されるので、実際の水深は500〜600m程度だろうとの事でした。真っ暗な深海でこんな大きな魚がヌッと現れたらさぞかし肝を冷やすでしょうね。

 この日、釣師の方が狙っていたのはベニアコウ(標準和名:オオサガ)だったのです。その外道として掛かったのがアブラボウズだったという訳です。あんなに立派な体をしていても外道呼ばわりされてしまうんです。そして、この方はお目当てのベニアコウもちゃんと釣り上げていらっしゃいました。近年では超高級魚扱いで、末端小売価格だと数十万円にもなるのだそうです。

 「ひぇ〜!」

狙いの魚も釣り上げ、立派なアブラボウズも上げ、この夜はさぞかしいい夢を見ることができたでしょう。

 そして一方、この夜の僕の夢は、プチプチと小さな卵を産み続けるミガキボラの夢でした。みみっちぃ〜。
こぼれ話 第174回 「おしつけ-その1」 へ続く

2005/04/18 記
 

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