第312回  コガシラベラ


2007/11/22 ヨコバマ 岩場  水深 6m 水温 20℃ 全長6cm

* * * *

 間もなく12月を迎えると、愈々忘年会シーズンが始まります。この季節になると、職場で必ず話題になる男が居ます。

  「今年も来るのかな?奥寺」

奥寺とはお隣の部の男です。恐らく50代半ばですから、僕は勿論、大抵の人より年長なのですが、若い人ですら彼の事は「あいつ」呼ばわりです。この奥寺、どこで聞きつけて来るのか分からないのですが、呼ばれてもいないのに、あちこちの職場の忘年会に顔を出すのです。

  「やぁやぁ」

なんて言いながら馴れ馴れしく話しかけて来てはしゃいでいるのですが、妙にその場では浮いています。

  「おいっ、誰があいつを呼んだんだ?」

と何人かがコソコソと耳打ちし合っています。隣の部の人でも忘年会に出て貰っても一向に構わないのですが、この奥寺に限っては注意が必要なのです。いざお開きとなって、さあお勘定と言う時になると知らぬ間に姿が見えなくなってしまうのでした。食い逃げです。だからその悪名は鳴り響いており、宴会でこの男の姿が見えると、

  「奥寺さん、ちゃんとお勘定は払ってくださいよ」

と直言する事もあるのですが、

  「わぁ、きつい事言うなぁ〜」

と一向に意に介する気配もありません。

*  *  *

 さて、コガシラベラです。夏の富戸の海でこいつの幼魚の姿を見掛ける様になると、僕は何故かあの奥寺の顔を思い出すのです。

 この魚は富戸で越冬することも繁殖することもないから、南方系の魚である事は間違いないでしょう。でも、他の南方種の姿があまり見られないような年でも、こいつだけは必ず遣って来ます。しかも、かなりの数の群れです。南方系のベラの幼魚と言えばかなり可愛い色合いのものも多いのに、こいつらはくすんだ白黒で何だか地味です。ですから、幼魚がウジャウジャと目に付き始めると、

  「おい、奥寺、誰もお前を呼んでないよ」

と思ってしまうのでした。

 ただ、それらが成長して、更に性転換してオスにまでなると漸く鑑賞に堪える色合いになります。上の写真の状態です。特に、胸ビレの青紫は非常に良く目立ち、これをパタパタさせて泳ぐ度に、鮮烈なシグナルが点滅している様に見えます。ただし、オスにまで漸く成長した頃には水温が下がり始め間もなく姿を消して行くのが常です。

 ところが、今年は少し様子が違います。例年、コガシラベラのオスを目にするのは12月から1月頃だったと思うのですが、今年は11月上旬頃には既に登場していました。しかも、かなりの数です。図鑑を見ると、コガシラベラのオスの写真には「体長:12cm」などと書いてあります。しかし、富戸のオスはどれも明らかにそれより小型です。6〜7cmと言うところではないでしょうか。

  「寒い冬が来る前にさっさと性転換を終えなくては」

と先を急いでいる様に見えるのです。

  「これだけのオスが現れたと言う事は産卵にまで突入するのか?」

との期待がいやが上にも高まります。そこで、改めてオスの動きを見ていると、盛んに胸ビレをパタパタさせながら、或る一定の個体群を囲っている様にも見えます。

  「ひょっとして繁殖縄張りを作っているのか?」

でも、その一方で、オス同士が出会っても争い合う事はありません。やっぱりこんな季節に南方種が産卵なんて事はないのでしょうか。う〜、何だかモヤモヤする〜っ。おい、奥寺、今年もお勘定(産卵)を払わずにそっと姿を消してしまうのか?

2007/11/28 記

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