第419回  日本のハゼ

矢野維幾 写真
鈴木寿之、渋川浩一 解説
瀬能 宏 監修

平凡社 刊

ISBN: 4-582-54236-0

\ 3,800 + 税

2004/09/24 初版発行

536 頁

縦x横x厚; 20.3 x 13.0 x 2.4 cm

 今更とも思える、言わずと知れた世界に誇り得る一冊です。1990年代の魚類図鑑が「日本産魚類検索」であったとするならば、2000年代の図鑑は本書であると言ってよい程の名著だと思います。何と言ってもハゼだけで500ページの本なのです。それを全て生態写真で網羅してあるのです。

  「日本にはそんなに多くのハゼが居るのか〜」

と言う驚きよりも、

  「よくもそれをこんなに完璧な写真で撮り尽くしたなぁ〜」

と言う事に感じ入ってしまいます。撮影を担当された矢野さんの執念たるや想像するだけで恐ろしさすら感じます。発刊後7年以上を経て、今改めて本書を振り返ってみました。

 図鑑である限り、分かり易い図や写真である事は勿論大切な要件なのですが、それだけではカバーし切れない解説の充実度も大切です。分布や生態の他、近似種との識別点の説明などは我らダイバーには重要なポイントなのです。その点、本書は「詳細を極める」と言ってよい程の微に入り細を穿った解説です。ただ、それが詳細過ぎて、

  「3個のX型の黒色斑が縦列するなどで日本産の同属多種と区別可能」

とか、

  「体側に7赤褐色横帯があることで近似種と区別可能」

などと言う言葉が頻出します。でも、ページの写真をよ〜く見ても、

  「ど、どこがX型なの〜?」

とか、

  「どう数えたら7本になるの〜?」

と考え込んでしまう事も多々あります。そんな時は、

  「そりゃあ、あなた方よく分かってるからいいでしょうけどね」

などと拗ねてしまうのでした。ま、それは僕の理解力の問題であり、本書が悪い訳ではないのでしょうが。

 また、本書の特徴として嬉しいのは、未記載種や同定不明の種については、

  〜属の1種-1、 〜属の1種-2

等と、勝手な仮称など決して用いる事無く率直に整理してある事です。そして、驚いたのは、多くのダイバーが本書の記載に倣って、

  「あの砂地に居たヤツシハゼ-4は」 とか
  「ヒメハゼ-5の体色は」

などと、その名称を仮称として広く用いる様になった事でした。それは、言い換えればいかに多くのダイバーがこの図鑑の記載に信を置いていたのかを如実に物語っているでしょう。いや、一般ダイバーだけではありません。日本魚類学会のHPでは近年記載された新種や日本初記載種などをリストアップしているのですが、そこに、

  Eviota rubriguttata Greenfield and Suzuki, 2011
  ハナビイソハゼ(ハゼ科)西表島
  *瀬能ほか(2004: 154)日本のハゼの Eviota sp. 15 イソハゼ属の1種-15

等と言った引用が多く見られます。専門の研究者の方々にも本書が信頼されている証左と言えます。

 そして、我々ダイバーにとって本書の最も大きな特徴として驚かされたのは各生態写真の質の高さでしょう。驚いた事にそのどれもが綺麗にヒレを全開にした一瞬を捉えているので、その美しさが良く分かると共に、種の同定の際の大きな手掛かりを与えてくれています。

  「矢野さん、一体どんだけ粘ったんだろう」

と敬服してしまいます。

 そして、これは本書の影響とは言い切れないのですが、この図鑑が出た頃から、

  「魚の写真は『ヒレ全開』を以てよしとする」

と言った風潮が広がり始めた様に感じます。でも、

  「このカットはヒレを開いていないからダメ」

などと話しているダイバーの方々の会話を聞いていると、ヒレ全開へのこだわりが水中写真を妙に堅苦しくつまらなくしている様にも感じるのです。それほど本書の影響は大きかったと考えるのは少し買いかぶり過ぎでしょうか。

2012/01/13 記

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