第302回  うなぎ丸の航海

阿井 渉介 著

講談社文庫 刊

ISBN: 978-4-06-275690-7

\ 648 + 税

2007/04/13 初版発行

348 頁

縦x横x厚; 14.8x10.7x1.5 cm

 例えば僕が編集者であるとして、海の生き物の知られざる生態を明らかにする様な本を出したいと考えた時、筆者としてはその分野の第一線の研究者をまず考えるでしょう。ところが、大きな問題は、優秀な研究者が必ずしも優秀な書き手であるとは限らないと言う事です。研究者の方々の本で、

  「日本語としては間違っていないんだけど、何だか平板な文章だなぁ」

とか、

  「素人はそこが分からないんだから、もっと詳しく説明してよ」
  「思い入ればかりが先走っていてから回りしてるなぁ」

などと感じる物も数多くあります。だから、「優秀な研究者の方が監修の下で」「プロの作家・ジャーナリストが入念に取材して書く」と言う組み合わせが僕にとっては理想的な解説本です。

 さて、本書はニホンウナギの産卵場所の探求を巡るお話です。日本のウナギの成魚は川で暮らしているのですが、数年を掛けて成熟して産卵期を迎えるとその川を下って海へ出て、そこから数千キロの旅をしてグアム島付近の海で産卵するらしい事は今ではよく知られています。ところが、いまだかつて、自然産卵されたウナギの卵は勿論、お腹の膨れたウナギの妊婦すら見た人は誰も居ないのです。ところが、そんなに長い旅をして来たにもかかわらず、実際の産卵場所はかなり狭い範囲に絞られるのだそうです。しかも、その月日も限られているんですって。或る日に、日本中から集まって来た何百万と言うウナギが人知れず産卵しているって何だか神秘的ですよね。

 そんなウナギの研究をリードしているのが東大の塚本研究室の人々です。そこで、その研究の詳細を知りたいと思って様々な本を探したのですが、何と塚本先生自身、或いはそのスタッフの方は本を出してはいないのです。こんなに注目を集めた研究を長年続けていながら、一般の人々への情報発信が無いと言うのは残念でした。それで、僕が調べた限りではそれに関する唯一の本が今回紹介のものです。

 著者は推理小説家なのですが、海を通じた不思議な繋がりからウナギ産卵地調査の白鳳丸に2度までも乗り合わせる機会を得、その航海の様子を中心にまとめたのが本書です。僕が望む「プロの作家が入念な取材に基づいて書く」と言う理想的な造りがここに実現したのです。

  「どんな研究の積み重ねでここまで産卵場所を詰めて来たんだろう」
  「巨費を投じたこの調査に研究者の方々はどんな思いなんだろう」
  
等、僕が知りたい事は盛り沢山です。

 ところが。

  「意外! これがプロの作家の文章なのか?」

一読して驚いてしまいました。つまらぬダジャレ、不必要な脱線、独りよがりの思い入れなど、昼下がりのオバチャン同士の大声のおしゃべりの様で、やたらとうるさい文章なのです。「自分、自分」が余りに前面に出過ぎています。折角、貴重な現場に居合わせているのに勿体無い。

 特に、この航海で得られた記念碑的な業績について塚本先生は一体どの様な感慨を持ったのかは是非ともジックリと聞き取りしなくてはならない事でしょう。それが無いのです。

  「プロの書き手としてあなたは何の為にその船に乗ってるんだ?」

と思わざるを得ませんでした。

 塚本先生、国立大学の研究者として、是非ご自身の手で本を書いて下さい。

2008/07/03 記

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