第28回  海洋生物ガイドブック 第1版第1刷

「和名テロはあったのか?」シリーズ 〜その7〜

和名テロはあったのか-その6」 より続く

海洋生物ガイドブック  益田 一 著

東海大学出版会 刊
ISBN; 4-486-01462-6
       
 \ 3,500
1999/03/20 初版発行
 408 頁

縦x横x厚; 19.0x13.2x2.1cm
重量; 590 g

 本書は魚類のみならず、カイメン、クラゲ、エビ・カニ、貝、イカ・タコ、ヒトデ・ナマコなど、海の生き物を一切合財一冊にまとめた図鑑です。益田さんの今までの仕事の集大成という一面もあるのかもしれません。
 が、様々な分野での最新の図鑑が出版されつつある現在となっては、少しお金がかかっても、魚は魚、エビ・カニはエビ・カニ、クラゲはクラゲの図鑑を買い揃えていった方が結局お得な気がします。

 が、この図鑑が発刊された時の一番の「売り」は、「ウミウシ類の掲載種の豊富さ」でありました。それまで、ウミウシは海岸動物の図鑑の中の添え物的な扱いでした。また、写真は載っていても「ミノウミウシの仲間」とか「イロウミウシの仲間」としか紹介されておらず、「ああ、ちゃんとした和名で呼びたい」という欲求が溜まっていました。そこへ持って来て、年々高まりつつあるウミウシへの関心という背景もありました。

 それに応えるべく、本書は一気に217種ものウミウシを掲載したのです。全てに名前が付いています。これは当時画期的な事でした。僕もそのニュースを聞いた時には喜んだものです。
 「これで漸く、日本語の名前で呼べる!」
そこで、本書が発刊された時には真っ先に本屋さんに走りました。ところが、店頭でページをめっくてみて愕然としました。
 「何じゃこりゃ?」
多くのウミウシの和名に「仮称」との但し書きが付いているのです。今までの例からいうと、これは学会や学術誌に日本初記録として報告されて提唱された名前ではないという事です。恐らくは写真だけを元に付けた和名だと考えられます。

 「これって益田さんが勝手に自分で名前を付けてるだけじゃない
  の?」

 魚の図鑑でも、写真だけで新種と判断して勝手に和名をつけた例があったのは先にご紹介した通りです。でも、今回は規模が違います。僕が数えただけでも39種ものウミウシに「仮称」表記がありました。もう、滅多矢鱈という感じです。

 そこで、和名に関する解説を本書のなかで探してみました。すると、
 「和名のないものは学名のカタカナ表記とし、未記載種、未同定種
  は仮称をつけたものもある」
とありました。なるほど。 例えば、"cyerce elegans" (キエルケ・エレガンス)という学名のウミウシは、学名そのままの「エレガンス」という名前で紹介されています。この様な学名のカタカナ表記のウミウシは49種ありました。そして、学名すらない或いは決定されていないものにのみ「仮称」が用いられています。

 それにしてもその「仮称」が39種です。それぞれが新種・日本初記録であるかどうかすら分からないにのです。標本を採取して研究者が入念に調べている魚類においてすら誤同定がある位です。解剖しなくては正確な同定が出来ないと言われるウミウシで、慎重な研究もなしに安易に和名をつけてしまってよいのでしょうか。将来、この図鑑に掲載された幾つかのウミウシが、
 「実は同じ種類でした」
となったら、一体そいつの名前は何と呼べばよいのでしょう? 色んな人が色んな名前で呼び、混乱を招く事は必至です。

 本コーナーの第8回でI.O.P. Diving Newsをご紹介しました。この発行所は「(株)益田海洋プロダクション」であり、発行者は「益田 一」となっています。そして、ここでは日本初記録の魚が度々取り上げられています。その記述は詳細を極め、素人の僕にはとても理解できない程です。そして、最後には、これこれこういう理由でこのような新標準和名を提唱するという言葉で結ばれます。
 益田さんが発行しているこの冊子では、日本初記録である事を示すのにこんなにも紙面を用い、標準和名・命名の背景まで説明してあるのです。これは、
 「安易な標準和名・命名は認めない」
という心意気なのだと僕は思っていました。なのに、その益田さんご自身が「仮名」の絨毯爆撃に走ってしまったのです。

 繰り返しますが、標準和名には正式な規則があるわけではないので、仮名を大量生産しようと何ら問題はありません。しかし、それだけに、命名に関わる人の良識が問われるのです。「慣習法」として守られてきたモラルに対する姿勢が問われるのではないでしょうか。
 日本のダイビング界を引っ張って来た益田さんの突然のこの行動は僕には大きなショックでした。営々として築かれてきた「標準和名」というシステムが、ウミウシという限られたエリアではあるのですが、一挙に崩されようとしているのです。しかも、あの益田さんによってです。

 僕には、「米国大統領専用機・エアーフォース・ワン」が「世界貿易センター・ビル」に突入するのに等しい光景に見えました。誰一人として命が奪われたわけではないのですが、僕がこれを「和名テロ」と呼ぶ所以です。

 (この本については更に次回に続きます)

和名テロはあったのか-その8」 へ続く

2002/01/29 記

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